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第2章 宙ぶらりんな恋4

 漫画や小説、映画の世界では、ずっと気になっていた人と一晩を過ごすと関係が進展する。現実世界でも友だちと身体をつなげたら、恋人や結婚相手になったという例があるから、あわよくばと期待したのだ。  だけど身体を重ねても航大には近づけなかった。  むしろ心理的な距離が遠くなってしまった。  中学時代から、少しずつ築きあげてきた彼との強固な信頼関係が、音もなく崩れそうになっている。 「気持ちの悪いホモ野郎」と(ののし)り、避けることだってできた。でも航大は、ぼくに誠心誠意謝罪をしてくれた。 「友だちでいよう」とまで言ってくれて、こんなひどい雨の中を来てくれたんだ。  これ以上を求め、望んでどうする?  全部、なかったことにしよう。  あの一夜は、ぼくの妄想の産物。航大と一線を超え、恋人やセフレになれたらいいなと頭の中で描いてきたことを、眠りにつくときに見る夢を――実際にあったできごとと勘違いして混同しただけ。  だから落ちこんだり、悲しむ必要はない。 「何言ってるんだよ。おれの方がヤバいって。晃嗣と憂は似ても似つかないのに……間違えるなんて、おかしいだろ」 「もういいよ、この話はやめよう。ぼくはきみに強姦されたわけじゃない。ひどいことをされたなんて思ってないよ。きみも犬に嚙まれたと思って忘れて」 「……だけど、おれのことを避けてただろ」  水中で溺れているみたいに息ができない。こんなにも近くにいるのに、彼の声がぼんやりとしか聞こえない。  ゼロか一しかない答え。航大は一を選んだ。  わざわざ、ぼくがゼロを選ぶ必要はない。一を選べばいい。 「避けてたのは、きみに合わす顔がなかったから。ゲイであるぼくを差別も、偏見もなく対等に扱ってくれたきみの誠意を踏みにじってしまった気がして――どうしたらいいかわからなかったんだ」 「踏みにじったりなんか、してないよ。晃嗣は、いつだっておれに対してまっすぐに向き合ってくれる。憂のことだって一番応援してくれて、相談に乗ってくれたじゃないか。いつだって寄り添ってくれた。だから、そんなこと言わないで」  ポツリと航大が口にした。  肩にかけたハンドタオルを手に取り、雨で濡れた髪や顔を(ぬぐ)っている。 「うん……ありがと」  するとほんの少しだけど航大の表情が明るくなった。いつものように気さくに笑う彼の顔をもう一度見られて安心する。  それなのに、胸にぽっかりと大きな穴が空いた気がするは、なぜだろう。 「ねえ、早く温まってきなよ。玄関に水たまりができたら、どうしてくれるの? 片づけるのは、ぼくなんだよ」 「えっ!? わっ、悪い!」  航大が深夜にもかかわらず大声を出し、タップダンスをするものだから階下の住人が「近所迷惑だ」と床を棒状のものでドンドン突いた。  あからさまにため息をつき、スマホをスラックスの後ろポケットに入れる。両手で彼が手にしているリュックを預かった。 「ここは防音対策のできているマンションとは違うんだよ。謝るくらいなら早く入って。レイド戦だって、もうすぐ始まるよ」 「やっば! マジかよ!?」 「居酒屋で飲んでいたことにしておくから。先輩たちに後で謝っておいてよね」  リュックのチャックを開けて本の入った袋を取り出す。 「洋服とリュックを一緒に洗濯機でかけて。悪いけど干すのは自分でやってね」 「……うん」  沈んだ声で相槌を打ったことに、わざと気づかないふりをする。 「靴は最後に洗う方がいいと思うよ。ネットは勝手に使って。温かいほうじ茶を入れておくから、早く出てきなよ」  自室に下がり、戸を後ろ手に閉める。  袋から本を取り出して本棚へ戻す。  しばらくすると洗濯機が回る音と航大がシャワーを使い始めた音がする。  戸を開け、キッチンのケトルに冷たい水道水を入れ、ガスコンロのスイッチを押す。ぼっと火がついたのを確認し、上の戸棚からお茶を入れたケースを取り出す。水切り籠の中に入ったポットの中へ、ほうじ茶の茶葉を適量入れて湯が沸くのを待つ。

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