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第5章 シャンディガフのカクテル言葉1

   * 「アッキー、アッキーったら……ねえ、起きなったら!」  肩を揺さぶれられて急速に意識が浮上する。  テーブルに突っ伏していた状態から起き上がる。  頭がひどく重いし、身体がだるい。夢を見ていたのか、とまぶたを指先で擦る。 「平気? 飲み過ぎじゃない?」  レズビアンのエリナに声を掛けられ、「大丈夫だよ」と返事をする。  結局、あの後シャワーを浴び航大とレイド戦に参加した。夜が明けるまでふたりでゲームをして、航大の分の朝食を作り、形だけの仲直りをした。  航大への恋心をひた隠しにして「ぼくたちはこれからも友だちだよ」と嘘をついたのだ。  人を疑うことをしない、見知った人間を信用する航大は、ぼくの嘘に騙されてくれた。  嘘をつくたびに罪悪感と、なんとも言えない気持ち悪さが身体の中を侵食所ていく。  疲労困憊状態のときには、どれが自分の嘘で、どれが実際のできごとの情報なのもわからなくなり、頭が混乱する。  それでも航大の屈託ない笑顔を見られれば、どうってことはない。  いつも通りの調子に戻った航大を駅前まで送り届け、泥のように家で寝た。  目を開ければ辺りは真っ暗だった。  スマホを開いて見れば、すでに時刻は二十時を過ぎていた。  通知欄をタップするとミックスバーで出会い、仲よくなったエリナから『アッキー生きてる?』とLIMEが来ていた。  航大に嘘をついている分、エリナたちには本当のことを話している。  だから芝谷さんからひどい嫌がらせを受けていること、航大と誤って寝てしまったこと、SNSで出会った男と寝てから見知らぬ男とセックスをするようになってしまったことも全部彼らに話した。  頭の中が、片付けのできていないグチャグチャな汚部屋みたいになっている。今、自分がどんな状況なのかを整理したくて、東京のミックスバー・『オリンポス』へ行き、やけ酒をした。  グラスの中に入っているシュワシュワと炭酸のきいた金色の液体を飲み干す。  ビールで酔ったことなんて一度もない。だけど今日は、ビールをジンジャーエールで割ったシャンディガフで酔っている。どうかしてる。  それでも飲んでないとやってられないから、アルコールに手を伸ばす。  後1センチメートルで指先に冷たいグラスが触れると思ったのに、目の前からなくなってしまう。ぼくの左隣に座っているエリナのマブダチ――バイセクシャルの(やす)(なり)がグラスを取り上げらたのだ。 「いやいや、大丈夫じゃないよな。そんな青白い顔で酒を飲むのはよくないって」 「うるさいな。返してよ」 「駄目だ。もう家に帰って寝ろよ、晃嗣」 「きみにそんなことを言われる筋合いはないよ。これ、もらうね」  そうして彼の飲んでいたウイスキーのオンザロックを横取りする。どうせ口にしたところで匂いも、味もよくわからないんだ。とろくに堪能しないで、(あか)い液体を胃に向かって流し込む。  瞬間、喉が焼けるように熱くなる。  空咳がひとつ、ふたつ口をついて出る。濡れた唇を手の甲でグイと拭った。 「マスター、おかわりちょうだい」  スキンヘッドのニューハーフに声を掛けるが返事はない。眉間にくっきりとしわを刻み、口をきゅっとつぐんでいる。 「おまえさあ、マジで何をやってるわけ? 失恋したからって自分の身体を雑に扱って、酒飲んで、不特定多数の男とヤッて飯もろくに食わない。自分の身体を悪くするつもりかよ!?」 「しつこいよ、康成。恋人のいるやつに、あれこれ言われたくないんだけど」 「おまえ、今、裏でひどい噂されてるぞ。こんなところにいて大丈夫なのか?」 「ああ、掲示板で“ヤリモクビッチ”、“淫乱竿(さお)食い”って()()されてることね」 「そんなひょうひょうとした態度でいいのかよ! あんなの名誉()(そん)もいいところ……」  気が高ぶり、熱くなっている康成を一瞥する。 「だって事実でしょ。ここ最近のぼくは連日連夜、男を食い散らかしてる。ちょっとでも気のある素振りを見せた相手はバッサリ切り捨てるしね。でも『セフレや愛人なんかになるつもりは毛頭ない』って最初に断ってる。一夜明かしたら全部おしまい。  それをいいことだと思う人もいれば、『鼻持ちならない、いやなやつ』って思う人もいるのは、仕方ないでしょ」 「アッキー、それでいいの?」と戸惑いの表情を浮かべたエリナが訊く。  間髪入れずに「うん」と答えた。「どうでもいい人間に何を言われたって平気だよ。ただ――航大に軽蔑されて嫌われたくないなとは思う。そんなことになったら身の破滅だよ。それに掲示にはぼくの写真や個人情報を載せられてないし、アパートを特定されたわけでも、殺害予告をされたわけでもない。ストーカーもいない・むしろ“お呼び出し”のメッセージをもらえることが増えたんだ。それって、いいことじゃない?」  氷だけ入った冷たい空のグラスを、天井のほのかに明るいライトに(かざ)す。 「よくないだろ。そんなの、ただの自傷行為だ」  不器用で真面目、品行方正な康成。だれかと〈遊ぶ〉ことのないまっすぐで、まっさらな彼の言葉は正しいと思う。  でも、今はそれがひどくわずらわしい。

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