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第二話:余楽清として目覚めたはいいけど、マジでこの先どうすればいいん?
第二話:余楽清として目覚めたはいいけど、マジでこの先どうすればいいの?
三界中に響き渡りそうな勢いで叫び散らかす余楽清 のその様子に、彼を見守っていた若者たちは皆一斉に訝しげな視線を寄越した。
知的で冷静沈着、一見冷たくも見える美貌の裏に潜む何気ない優しさが魅力の我らが師尊 は、いったい何処へ行ってしまったのか。
「……どうやら師尊 は、かの戦闘において頭に相当な損傷を受けてしまったらしい」
「ああ、お労わしや我らが師尊 ……」
「やはり、妖王である洛寒軒 の力はそれほどまでに強大な物であったか……」
互いの肩を寄せ合いつつ、ひそひそとそう呟く若者たちの声を微かに聞き取りながら、余楽清 は未だ混乱する頭をどうこうする事もできずにうーうーと唸る他ない。
師尊 と呼ばれている事から、この若者たちはおそらく余楽清 の元で修仙を学ぶ弟子たちであろう事や、『かの戦闘』とやらが洛寒軒 との最後の戦いを指している事などは辛うじて察する。
しかし、だからといって架空の世界でしかない修仙人妖伝の主人公に転生するという、非現実的すぎる事を受け入れられる訳では断じてない。
どうしてこうなったと遂にしくしくと涙を溢し始めた余楽清 に対して、おろおろと戸惑うばかりの若者たちに、ふと威厳のある勇ましい声がかけられる。
「お前たち」
「雨桐師兄 !」
「……雨桐 だって?」
雨桐 という名に意識を一旦吹き返した余楽清 は、涙で潤んだ瞳をおずおずと声の主へと向けた。
他の若者たちと同じような、前開きの白いシンプルな作りの衣を纏い、漆黒の髪の毛を高い位置で団子状に結んでいる青年だが、その出で立ちは他の者と違い、どこか厳かな雰囲気を漂わせている。
眉の凛々しい端正な顔付きのその男に、またしても余楽清 はデジャヴを感じる。
そうだ、確かこの男は余楽清 の一番弟子である高雨桐 ではなかったか。この男もさんざと挿絵で見てきたから間違いない。
高雨桐 は、生まれたばかりの時に親から川辺へと捨てられ、たまたまその川辺を通りがかった余楽清 によって保護された青年だ。
修仙においての師範として、そして育ての親として長年にわたり余楽清 を慕ってきた者の威厳はさすがに様になっている。
ボケっと現実逃避をしながら呆けたかのようにアホ面をする余楽清 を、冷静な瞳で見つめつつ、高雨桐 は若者たちを一瞥しながらその低く響く声色を発した。
「師尊 はまだ本調子でない。ここは一番弟子の私が責任を持って師尊 の身体を看る。あまり大勢が押し掛けてもお身体に障るだろうから、お前たちは下がりなさい」
敬愛する兄弟子のその言葉を受け、若者たちは未だ心配そうな表情を浮かべるも素直に指示に従った。
各々、『お大事になさってください、師尊 』と師範に対する労りの言葉をかけながら、高雨桐 以外の全ての弟子たちが居室を去った後。
ふと、それまで厳かな表情を浮かべていた高雨桐 の雰囲気が一変。
どこかで見覚えのある、怪しげな色を携えた瞳を余楽清 へと向ける。
顔付きは全く違えど、その陰険な表情は死ぬ直前に見たあの眼鏡の青年にそっくりだった。
「……さて、呉浩然 くん。先程振りですね」
「……お前っ!あの時の陰キャクソモブヘタレムッツリ眼鏡~~韓流カブれのマッシュヘアーと空けたてで既に膿み始めた軟骨のピアス穴を添えて~~野郎か!」
「ちょっと待ってください、その悪口は僕にあまりにも響く」
やはり予想は間違いないようだった。
コイツは元の世界での浩然 の名前を知っていたし、的確な悪口で大ダメージを負い涙目で制止をかけてくるこの状況が、あの時の青年である何よりの証拠だ。
あの時理不尽に殺された怒りと憎しみが余楽清 の心の中に募りに募っていく。
こんな程度の罵倒では全く割に合っていない。むしろ釣り銭が山のように帰ってくるはずだ。
怒涛の悪口を言われた事で、先程までの凛々しい表情から一変し今度は捨て犬のようにしょぼくれた高雨桐 を更に追い詰めようと、余楽清 はじとっとした嫌悪感丸出しの瞳を向ける。
「んで、どうしてこうなったのか一から説明してもらおうか?あぁ?」
余楽清 のその、人でも殺しそうな威圧感のある声色と表情に対し、高雨桐 は情けなく『ひぇっ…』と悲鳴を上げた。
背の高い恵体を子犬のように縮こまらせ、キリッとしたハンサム顔を叱られている子供のように歪ませているその様は、原作中の漢前な高雨桐 のキャラ崩壊を更に助長させている。
ギリギリと鋭い眼光で睨み続ける余楽清 に恐れを成し、高雨桐 はおずおずといった具合で事の顛末を小さく語り出した。
「……僕は王達喜 と言います。君と同じ『修仙人妖伝』の大ファンでした。僕の推しは、皆の王子様、洛寒軒 。いかにもな良い漢!って所に憧れています」
「……ほぉ~、男で洛寒軒 推しって珍しいな。あのスパダリ最強イケメンにお前みたいなモブがねぇ」
「あんまりモブモブ言ったら許しませんよ」
うるさい、殺人犯が言い返して来るなと喉まで声が出かかった余楽清 だったが、ここは耐えて話を促すべきだとぐっと堪える。
確かに洛寒軒 は、余楽清 と並ぶほどの戦闘力に加え、その圧倒的顔面偏差値の高さとスラッとした背の高い細マッチョな体格、優れた頭脳、溢れ出るカリスマ性と何でも持っているような男なのは、原作を見てきた者からしたら当たり前のように知っている。
故に、洛寒軒 を推す者も圧倒的に多いだろう事は納得だ。
現実世界では王達喜 という名であったという目の前の青年は、余楽清 が眉間に皺を寄せつつも大人しく話を聞く体制をとってくれている事に少しばかり安堵のため息を漏らした。
「……君も今日、講義後に嘆いていましたよね。僕も同じです。今日、修仙人妖伝の最終巻を授業そっちのけで見ていました。ウキウキとしながら読んでいたのに、まさかあんな結末になろうとは……」
何二人して授業サボってるんだ、教授が可哀想だろうという言葉が再び喉から出かかったが、またもやぐっと堪える。
小説が面白いのが悪い、と無責任な結論付けをした余楽清 だったが、突如として何故か話途中に興奮し始めた高雨桐 にビクッと肩を揺らす事になる。
「……僕の推しが!何で!あんな結末に!僕は悔しい!君も洛林杏 推しなら気持ちがわかるでしょう!?所詮僕たちは彼らを救うどころかただ見ている事しかできないモブ中のモブでしかなかった!」
「いやあんなにモブ否定してた癖に今自分でモブ認定してんじゃん」
ついにわぁっと涙を散らしながら叫び出した高雨桐 に、未だ混乱中の余楽清 もまた的外れなツッコミをする。
あの弟子たちがこの状況を見ていたなら、二人のあまりのキャラ崩壊具合に卒倒する者もいたかもしれない。
しばらくの間わんわん泣き喚いていた高雨桐 だったが、さんざと泣きすぎて逆に平静を取り戻したのか、再び凛とした漢前な表情を作り上げながら話の続きを語り出す。
変わり身が激しすぎてサイコパス染みている気がしないでもない。
「そこでです。どうにかして寒軒 様を救う事ができないか検討にあぐねていた所、僕のおばあちゃんが力を貸してくれたんです。そうして僕らは彼を幸せにする責を任され、この世界へとやってきました。おしまい」
「いやお前のばあちゃん何者なんだよ!あと途中端折りすぎて何が何だか!」
聞き捨てならないおばあちゃん情報をあっさりと終わらせた高雨桐 を、余楽清 は唾が飛ぶ勢いで怒鳴り散らした。
今の話だけで理解できた猛者がいたなら、ぜひ紹介してほしい物だ。
ふざけるなとギリギリ奥歯を噛み締めながら睨み付けて来る余楽清 のその様子に、高雨桐 は心底面倒臭そうに再び口を開き出した。
さっきまでのヘタレな態度は何処へ行ったのか。
「僕のおばあちゃんは現役の最強呪術師なんです。どんな呪いもかけられる、とにかく凄い力の持ち主です。おばあちゃんが念じればそこいらの草木は枯れ果て、水は枯渇、ちょっと頑張ればこの中国全土を支配する事もできる。僕らの住んでいた世界はおばあちゃんの指一本でちょちょいのちょい、破滅だってあり得ます」
「いや現実でもそんなファンタジーな人間いるのかよ、凄いなお前のばあちゃん」
そんな凄まじい力を持ったばあちゃんがいたなら、これまたすぐさま紹介してほしい物だ。
下手したら地球ごと爆破でも出来るんじゃないかというそのばあちゃんが、なぜ孫のこんなくだらなさすぎる願いの為に力をフル活用しているのか。もっと他に、戦争を無くすとか病気の子供たちを救うとかやれる事があるだろう。
「そのおばあちゃんに相談したんです。『どうにかして推しを幸せにできないか』と。そうしたらおばあちゃんは僕の持っていた修仙人妖伝の各巻の挿絵に呪いを込めました。名付けて『洛寒軒 がハッピーエンドを迎えなければ現実世界に帰れない』呪いです」
「名付けるも何もそのまんまじゃねーかよ」
どうやらネーミングセンスは皆無のようだ。
というか、呪いが限定的すぎる。
そもそもあんな形で闇落ちして封印までされてしまった洛寒軒 をハッピーエンドにするとか、どんな難関大学受験よりも過酷ではないか?
あまりにも高雨桐 に都合のいいその呪いに巻き込まれてしまった余楽清 のライフは、もうゼロに等しい。
「呪いの込もった挿絵を口に詰めて窒息死すれば、あら不思議この小説の世界に転生する事ができるってわけです。ちなみに転生者は呪いが込もった挿絵に載っていた人物となります。君には主人公である余楽清 へと転生してもらう為、彼の載っていた挿絵を飲み込ませて死んでもらいました。ちなみに僕は余楽清 の一番弟子である高雨桐 です。主人公を側で支えつつ、間近で推しを見る事のできる最高のポジショニングですね」
「つー事は、俺を殺した後にお前も挿絵飲み込んで後を追ってきたわけか」
「そういう事です」
推しの為に躊躇なく自決を選べるその強い決意は素直に凄いと思わないでもなかった。
しかし一連の話を聞いて、余楽清 ははたと疑問を抱く。
これ、俺が巻き込まれる必要あった?と。
「てか何で俺を巻き込むんだよ。洛寒軒 をハッピーエンドにしたきゃ自分が余楽清 になればいいじゃんかよ」
「甘いですね。根っからの陰キャでコミュ症である僕がそんな大それた事をできると思ってるんですか?君は友達もたくさんいてとても気さくな人で、師尊 としてもすぐに順応して寒軒 様とも仲良くなれるはず。あと僕と同じくらい修仙人妖伝への愛が深かったのを見込んだんですよ」
「さっきから自信満々に自分を否定する言葉ばっかり使ってるけど、お前はそれでいいんか?」
「もうこの際だからいいんです」
やはり殺人の動機があまりにも理不尽すぎた。
理不尽すぎてもはや怒りも沸いてこない。
確かに生前の余楽清 は、誰とでも仲良くなれる天真爛漫で素直な性格をしていた。
明るい性格と愛嬌のある表情があってこそ、痛めのオタク性質を受け入れてくれていた友人も多かった。
だからといって、殺される筋合いは断じてないが。
次々と判明する怒涛の情報にため息をつきたくなる思いだが、余楽清 が問い詰めを止める事はない。
「洛寒軒 をハッピーエンドにしたかったら、自分が洛寒軒 になって幸せになればいいじゃん」
「君ちゃんと原作見てます?寒軒 様は今洛林杏 と共に黒化されて身動きが取れないんですよ?そもそも黒化は封印した張本人にしか解けないんだから、余楽清 以外に彼を救う事はできません。だから君がちゃっちゃと彼らの黒化を解いて幸せにしなさい」
「お前さっきから偉そうに命令してるけど、そもそもお前が俺を殺した事許してねぇからな!?」
先程まで日和っていたあの弱気な態度はいったい何処へやら。
子犬のように震えていた態度は鳴りを潜め、今度は偉そうにふんぞり返りながら余楽清 に命令を下し始める高雨桐 に、沸々と先程までの怒りが込み上げて来た。
普通にブチのめしたい思いでいっばいになるが、呪いの話的におそらくコイツを伸したとしても、目的を果たすまでは現実世界に帰る事は不可能だろう。
怒りを沈める為にふーふーと深呼吸を繰り返し、幾分か気分も落ち着いてきた頃。
ふと、余楽清 の頭の中に更なる疑問が飛び交った。
「………てかこの状況的に、今って最終巻の後って事になるよな?何かめちゃくちゃ怪我してて身体中痛いし、さっきの弟子っぽい奴らも『かの戦闘』がうんぬんかんぬん言ってたし。何で物語の途中からじゃなくて最終巻後からの転生なんだよ。物語途中からだったら洛寒軒 の結末もいくらでも操作できんじゃん」
「そんなの、作者様が丹精込めて作ってくださったこの作品の結末を変えるなんて事したら不敬罪に当たるからに決まってるでしょ。最終巻後なら作者様も関与してない所だし、いいかなと思ったんですよ。そんな事もわからないとか君本当にファンなんですか?」
「お前後で俺がマジでブチのめしてやるから覚悟しとけよ」
「おー、陽キャ怖い」
確かに原作ファンとして、物語の本筋を変えてしまうのはいかがな物かとは思わないでもない。
しかし、だからといってやはり人を殺していい理由にはならない。
何故か余裕綽々とした性格に成り代わってしまった高雨桐 を本格的に殴ろうと拳を握り締める余楽清 たったが、突如として目の前に突っ立っていた人影が地面に伏せる様子にビクッと肩を揺らす。
先程までの生意気な態度から一変、高雨桐 が今度は勢いよく地面に頭を伏せて、土下座の体制を取り始めたのだ。
コイツの情緒大丈夫か?と思わないでもなかったが、そのあまりの勢いに怒りも何処かへ吹っ飛んでいってしまった。
「とにかくお願いします!どんな形でもいいから、寒軒 様をハッピーエンドに導いてください!無事現実世界に戻れたらお礼は必ず……!」
地面に顔を擦りつけるようにそう叫ぶ高雨桐 に、余楽清 は呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。
コイツは、推しの為に本気で運命を変えようとしている。
推しの為ならば、人を殺して自身をも殺す程までに。転生という本当に叶うかもわからない非現実的な現象に身を委ねたのだ。
それに自分が巻き込まれてしまったのには未だ怒りが沸き起こらないでもない。
しかし、もうこちらの世界に来てしまった以上、彼に協力する他に手段はない。
何より、ほんの少しだけこの強い願いに手を貸したくなってしまった。
見事に絆されてしまった余楽清 は、怒りで握り締めていた拳からふっと力を抜くと、頭をガリガリと搔きながら呟く。
「……しょーがねぇなー。まぁ俺も、推しの林杏 ちゃんが幸せになれば万々歳だし、協力してやるよ」
「……本当ですか!?ありがとうございます!僕も精一杯頑張ります!よろしくお願いしますね、余楽清 !」
ようやく納得してくれた余楽清 のその言葉を聞き、高雨桐 はガバリと顔を上げた。
涙で潤んだ瞳を真っ直ぐに余楽清 へと向け、その白い手を自身の一回り大きな両の手で包み込み、嬉しさからブンブンと上下に勢いよく降り出した。
あまりにもコロコロと変わる目の前の男の表情に鬱陶しそうな視線を寄越しながら、余楽清 は深く深くため息をつく。
これは長い旅になりそうだと、痛む頭を抱えたい思いでいっぱいになるのであった。
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