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「おう、菫 。ちょうど良かった。紹介しておこう」
紫月 は下男を焔 らに紹介してよこした。
「彼は俺付きの下男でね。菫 ってんだ。菫 、こちらは砦の皇帝様とそのご友人だ」
皇帝と聞いて菫 は驚いたようだが、すぐに丁寧に腰を折って深々と頭を下げてよこした。
「菫 と申します。お見知りおきを――」
紫月 はともかく下男にまでいきなり『皇帝だ』と暴露されては不都合ではと咄嗟に危惧が浮かんだが、どうやらこの菫 という下男は紫月 の覚えがめでたい存在のようだ。こいつは信頼に足る男だから心配ないよと紫月 は笑った。
「菫 、すまないが頼まれてくれねえか。この子を連れて来てくれ。名は雪吹冰だ。北四番の宿舎にいる」
先程焔 から受け取ったばかりの写真を手渡しながらそう言った。
写真は見せたが名前までは言っていない。にもかかわらず『雪吹冰』と名指ししたところをみると、どうやらこの紫月 は彼のことを知っているようだ。しかも連れて来いと言ったことから察するに、今すぐ会わせてくれるということなのだろう。
下男が下がっていくのを見届けてから、焔 が逸るように尋ねた。
「あんた、やはり写真の息子に見覚えがあるんだな? 彼はここに居るってのか?」
「まあね。ちょうどひと月前だ。女衒 ――つまり遊郭街 で言うなら金で人間の売り買いを仲立ちする者のことだが――そいつらが連れて来た子に間違いねえだろうよ」
ではこの紫月 は写真を一目見ただけでそれが雪吹冰だと分かったということか。
「――会わせてもらえるのか?」
「ああ。今、菫 に迎えに行かせた。半刻 もしねえ内にここへ連れて来るさ」
「そうか。そいつぁ助かる」
「ただし――皇帝様。彼に一目会わして差し上げるくらいは俺にも可能なんだが――。あんたならご理解いただけるだろうが、一度この遊郭街に売られた者はどんな理由があろうと簡単に帰すわけにゃいかねんだ」
例えそれが誘拐という不当な理由であったにしてもだ――と、紫月 は少々凄みのある真顔でそう言った。
「察するにあの写真の子は誰かに無理矢理ここに連れて来られたんだろう。女衒 が直に拐ったか、それともその子の親が闇の組織にでも売り飛ばしたのかは定かじゃねえがね」
あんたらがわざわざ捜しに来るってくらいだから、誘拐されたって方が正しいんだろうね――と言って不敵な微笑を浮かべた。
「とにかくあの子がここに居ることは事実さ。返してくれという皇帝様の言い分は尤もだし、俺個人としてならそうしてやりてえのは山々だ。だが、ここに売られた以上、帳面にはしっかり跡が残っちまってるし、しかも昨日今日に売られたばかりってんならともかく、ひと月も経っちまった今となっちゃ既に頭目のところへも報告が上がってる。いかに皇帝様の知り合いだろうと、その子一人を返しますってわけにゃいかねんだ」
紫月 としても苦しい立場なのだろうことは理解できる。
「――そうか。まあ……俺たちもこの遊郭街の掟については聞き及んでいるし、理解もしているつもりだ。だが、その冰という息子はまだ成人にも満たねえ十七の学生だ。ヤツには爺さんがいて、ひどく心配してる……。それ以前に色を売らせるようなことは不憫でならねえ」
足抜けさせろとは言わないが、どうにかして身請け金でカタをつけられないだろうかと焔 は訴えた。
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