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「仮にヤツと赤子がここの遊郭街に囚われたのだとすれば――」  僚一が長い間捜し出せなかったことにも納得がいくというものだ。治外法権とも言われ、マフィアトップの周ファミリーであってもおいそれとは手が出しにくい特殊な遊郭街――。 「遼二、その紫月(ズィユエ)というのは幾つだと言っていた?」 「幾つって……歳のことか? いや、そこまでは聞いてねえが」  彼が僚一の知り合いの息子だとすれば、今は二十四歳くらいのはずだそうだ。 「歳は聞かなかったが――俺たちよりは若干若く見えた気もするな」  確か紫月(ズィユエ)本人もそのようなことを口走っていたことを思い出す。実際、遼二を見て、『アンタは俺よりも歳上に思えたからさ』と言っていた。 「そういえば最初に俺を遼生(リャオサン)と呼んだっけ……。ってことは俺たちよりも歳下であるのは確かかもな」 「そうだな……。冰というボウズよりは当然上に感じられたが、俺とカネよりは下のように思えたな」  (イェン)も自分たちより歳上には思えなかったという。 「とすれば、本当に本人かも知れんな。その紫月(ズィユエ)という男の生い立ちやなんかはどうだ。どこで生まれて、何故この街に住み着くことになったのかなどの話は出なかったか?」  冰を捜しに行った晩、紫月(ズィユエ)と一緒に過ごしたのは遼二の方だ。 「確かに――紫月(ズィユエ)があの遊郭街に住み着いたのは生まれて間もなくの頃だと言っていた。だったら生まれは何処だと訊きたかったんだが、初対面だったしさすがにそこまでは言い出せなくてな。てっきり香港の生まれとばかり思っていたんだが……」  ということは、紫月(ズィユエ)は日本人ということだろうか。 「けど――両親の話なんかは一切出なかったな。香港人にしちゃやけに日本語が流暢だとは思ったが、それも遊郭の仕事の一環だとばかり思って疑わなかった……。あの遊郭街には日本人の客も多いと言っていたし」  だとすれば僚一の知り合いだという紫月(ズィユエ)の父親が広東語や英語の他に日本語もまじえて育てたという可能性が考えられる。 「遼二、(イェン)。その紫月(ズィユエ)という男に会うことはできるか?」  僚一は直に紫月(ズィユエ)に会ってみたいと言った。 「もしかしたら――飛燕(ひえん)もあの遊郭街のどこかで生きているやも知れん」 「飛燕(ひえん)――っていうのか? その人の名前」 「ああ。一之宮飛燕(いちのみや ひえん)、日本人だ」 「じゃあ……紫月(ズィユエ)は」  一之宮紫月(いちのみや しづき)――。 「紫月(ズィユエ)という男娼が飛燕(ひえん)の息子なら、それが彼の本当の名ということになる」 「一之宮紫月(いちのみや しづき)……。あの紫月(ズィユエ)が……俺と同じ日本人……」  あまりの驚きに遼二は見開いたままの瞳に瞬きすら忘れてしまいそうだった。もしもそれが事実で、当時飛燕(ひえん)紫月(ズィユエ)の父子が無事に香港旅行から帰って来ていたとするなら、今頃は良き友となっていたかも知れないのだ。 「あの紫月(ズィユエ)が……日本人……」  遼二のみならず、その場の誰もが驚きに言葉を失ってしまった。 「飛燕(ひえん)は当時二十代の半ばだったはずだが、ヤツはこの通りの容姿だ。実際の年齢よりも若く見られたのだろうな。旅行中に遊郭街の連中から目をつけられて拐われたと考えてもおかしくはない」 「ではその飛燕(ひえん)というお前さんの友は男娼にさせられた可能性もあるということか」  (イェン)の父・(スェン)が訊く。 「可能性としては有り得ん話ではないだろうな。仮にそれが事実だったとすれば、当時遊郭街でも引き手数多の男娼になったはずだ」  むろん、年齢的に言えば今はもう現役を退いているはずだが、存命であるなら彼もまた紫月(ズィユエ)同様あの遊郭街で暮らしているはずだ。

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