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「なんてこった……。何かあるとは思っていたが、まさかこんなとんでもねえ事情を飛燕はたった一人でこの二十数年の間抱え続けてきたというのか……」  僚一が声を震わせる。  遠い昔に日本で共に武道の稽古に明け暮れた、その頃の生き生きと輝いていた飛燕の笑顔を思い出せば、思わず胸が詰まったように熱くなり、僚一は込み上げる涙を抑えることができなかった。  だがしかし、彼らしいといえばそうだ。(デェン)という医師も言っていたが、尋常ならぬ神業を持つ飛燕だからこそ出来得たことに他ならない。  飛燕はそうした遊郭街の闇の仕事を自ら引き受けることで、頭目とその側近連中からも表向きは信頼を得る形を保ちながら、自らと紫月(ズィユエ)を守ってきたのだろう。そして何百何千という遊女男娼たちにしてもそうだ。彼一人の腕でいったいどれほどの人々の命が散らされずに済んだのだろうと思うと、僚一のみならず(イェン)も遼二も涙を誘われずにはいられなかった。特に(イェン)にとっては殊更だったようだ。 「……ッ、こんなことが密かになされていたとはな……。砦を任されながら今の今まで気付くことができなかったことがとことん情けねえ……!」  遊郭街は治外法権だからと目を瞑ってきたことが悔やまれてならない。如何に特殊な――といっても、砦内の一部であることに変わりはない。つまり、見て見ぬふりをしていいわけではないのだ。 「俺が……のうのうとしている間に……こんなにもたくさんの人々に世話をかけて……」  飛燕然り、この鄧という医師一家にしても然りだ。 「情けねえ……とことん情けねえ……!」  焔は鄧医師を前に本当に申し訳なかったと言って頭を下げた。深々、床に擦り付けん勢いで何度も何度も頭を下げたまま動けなくなってしまったほどだ。そんな彼に、鄧医師の方が恐縮してしまうくらいだった。 「皇帝様、あなた様のお気持ちは充分分かっております。お若くしてなお、あなた様がこの砦のことにお力を尽くされていらしたのは皆承知です! どうか頭をお上げになってくださいまし!」 「鄧先生……申し訳ない。本当に……なんと詫びていいか言葉もない……」  と同時に感謝でいっぱいだと言って涙する。今、ここに紫月の父・一之宮飛燕がいたなら、それこそどれだけ頭を下げても足りないくらいだ。自分はいったい何をやっていたんだと悔し涙にくれる(イェン)を、自らも袖で涙を拭いながら遼二は彼を労うようにその肩に手をかけた。 「(イェン)――こうなったら」 「ああ! 一刻の猶予もならねえ……! 紫月(ズィユエ)の親父さんやこの鄧先生方がいなかったら……今頃はどれだけ多くの人々が理不尽な死に追いやられていたことか……」  父の(スェン)にも報告を上げて、早急に遊郭街の闇にメスを入れねばと固い覚悟が湧き上がる。  いつか――誰もが誇りをもって芸事を重んじることのできる粋な花街を――そんな悠長な夢を語っている場合ではない。(イェン)、僚一、遼二、誰の胸にも同じ思いが沸々とし――。  それから数日後、周隼(ジォウ スェン)にもすべてを明かした上で、いよいよ遊郭街との正面切っての対峙が幕を開けることとなったのだった。 ◇    ◇    ◇

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