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「皇帝様や遼の親父さんと会った時も……羨ましいって思ったよ。あんたたちは親子でしっかり信頼し合ってて、すげえあったけえ家族に見えたからさ」 「紫月(ズィユエ)……」 「親父はここの頭目(かしら)が住んでる邸の離れに暮らしててな。俺がこの椿楼を任されるようになってからは殆ど顔を合わせることもなくてさ。頭目(かしら)の下で用心棒とかやって……何かやべえことに手を染めてるんじゃねえかって、そんな心配もあったんだけど、それを確かめることすらできねえまんまだった」  紫月(ズィユエ)が思う後ろ暗いこととは、用心棒とは名ばかりで何かもっと恐ろしい悪事に加担しているのではないかと薄々そんなふうにも感じていたそうだ。それが病に陥った遊女男娼を始末する役目とは夢にも思わなかったそうだが、例えば頭目と一緒になって阿片(あへん)などといった麻薬の(たぐい)を動かす仕事を請け負っていたりしなければいい――そう思っていたそうだ。飛燕の感情を表に出さない接し方が、紫月(ズィユエ)にはイコール悪事に手を染めていると映っていたわけだ。  だが、面と向かってそれを訊くこともできずに、一人で悶々と不安を抱えてきたのだろう。華やかに見えるこの男遊郭街で高級男娼としての仮面を纏いながら、胸の内には常にそれとは真逆の仄暗い不安を抱えていたということだ。 「紫月(ズィユエ)、親父さんは――本当はすげえあったっけえお人なんだと思うぜ」 「あったけえ?」 「ああ。この前、朱雀館で会った時な。親父さん、俺のことを見てこう言ったんだ。立派になりやがった――って。俺の頭をクシャクシャって撫でてくれてな」  遼二は飛燕と僚一が親しくしていた頃はまだ三歳になるかならないかの時分だった。 「俺はガキだったし、おめえの親父さんのことは全くと言っていいほど覚えてなかったんだがな。けど、すげえ懐かしそうに話し掛けてくれたんだ。あったかくてやさしい目をしてた」 「やさしい……? あの親父が……?」 「もちろんお前さんにとっては冷たくて何を考えてるか分からねえ部分も確かにあったんだろう。だが、それは遊女や男娼たちを密かに守っていく上で必要なことだったんだろう。と同時にお前さんの安全にも繋がる、そう思ってこられたんじゃねえかとな」 「遼……」 「うちの親父が言ってた。お前さんを男遊郭の頭にして事務方をやらせることで、実際には客を取ったり色を売ったりしなくていいようにと、飛燕さんと頭目の間でそうした条件のようなものを交わしていたんじゃねえかって。でなけりゃお前さんほどの抜きん出た容姿の男を男娼として本格的に売らずにいるわけがねえ。金に強欲な者なら例えどんなに逆らおうが抵抗しようが有無を言わさずそうしたはずだ。だが、飛燕さんは自分が病に(かか)った遊女や男娼たちの始末という――いわば黒い部分の仕事を引き受けることで頭目を黙らせ、ひいてはお前さんの安全を守ってきたのかも知れねえと」  自分たち父子(おやこ)が日本人であることも、二十四年前に拉致に遭ったことも、苗字すら持たないことにし、何もかもを伏せ続けることで息子の安泰を守っていこうとしていたのだと――。 「なら……そうならそうと言ってくれりゃいいのによ。俺だけナンも知らねえで……のうのうとしてたなんて。そんなに俺、信用ねえのかってさ」  スンと小さく鼻をすする。潤み出した涙を懸命に堪える紫月(ズィユエ)の肩に、そっと手を掛けた。

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