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第26話

『PROBE』で川島さんカップルにあてられたと言われれば、そうなるのかもしれない。 朔也は一刻も早く堂本さんに会いたいと思った。 彼の顔が見たくて仕方がなかった。翌日駅でお土産を買うと、そのまま新幹線に乗って大阪へ帰った。後2日間は東京にいる予定だったが前倒しで帰ることにした。 荷物を一旦家に置きに帰ることも考えずに、新幹線を降りてから直接堂本さんのマンションへ向かった。 彼からはマンションのキーをもらっていた。今日も多分仕事に行っているだろうから部屋で待っていよう。 ちょっとしたサプライズを計画してウキウキしながらエレベーターを降りた。 部屋の前にはちょうど帰ろうとしている佐藤弁護士がいた。 堂本さんの部屋のドアをゆっくり閉めると、彼女はエレベーターの前で立ち止まっている朔也に気がついた。 彼女は一瞬焦ったようにビクンと肩を強張らせた。けど次の瞬間ニコリと笑って朔也の方へ歩いてきたのだった。 一体どういうことなのか、なぜ、佐藤弁護士は彼の部屋から出てきたのか。朔也の頭は混乱した。 「こんにちは。帰ってくるのは、もう少し後だと聞いていたんだけど……」 朔也は自分が悪い事でもしているかのように感じた。見てはいけない物を見た。来てはいけない場所へ、タイミング悪く来てしまったのか。 「あ……の……」 彼女はふふふと笑って。 「ごめんね。朔也君には連絡しないように言われていて。昨日職場で翔平が倒れたの。過労だったんだけど、病院で点滴を打ってもらってマンションに帰ってきたのね。それで、彼は1人暮らしだから私が面倒というか看病をしたって感じ。誤解しないで欲しいんだけど、私たちは何もないから、心配は無用よ。朔也君は東京へ行っているから、迷惑かけたくないって、大したことないから連絡するなって翔平に言われたの」 「た、倒れたんですか?堂本さん大丈夫なんですか」 急いで部屋へ向かおうとする朔也の腕を取って、佐藤弁護士は落ち着くようにと朔也を引き止めた。 「今はお薬が効いていて眠っているから。大丈夫。」 そうか、病状を詳しく聞かなければならない。朔也は佐藤弁護士にお礼を言って話の先を促した。 「翔平は最近徹夜が続いていたの、家に帰れない日もあった。他の社員はお盆休みに入っているから、彼は一人で頑張ってた。私も何度か手伝いに会社へ行ったけど、二人でやってもなかなか終わらなくて。翔平は何とか仕事を早く終わらせて、朔也君と少しでも一緒にいられる時間を作りたかったみたい。疲労と寝不足がたたって、会社で倒れちゃって。熱もあったから病院へ連れて行ったって感じ」 「……」 朔也は何も言えなかった。自分と休みを合わせるために急いで仕事を片付けようとしてくれたんだ。無理しなくても良かったのに。 『PROBE』でみんなと酔っぱらって楽しんでいた自分が恥ずかしかった。 「昨日の深夜、タクシーで帰ってきて、そのまま安静にという事で部屋で休んでる。今朝は少し調子が良かったようだったから、適当に栄養のつくものを食べさせてまた寝かせた。買い物とか、ひとりじゃできないし、代わりに私がお世話させてもらいました。冷蔵庫に食材が入っているから、良かったら朔也君使ってね。夜にまた来ようと思ったけど、もう大丈夫そうね。後は朔也君にお願いします」 「そ、そうだったんですね。すみません。ありがとうございました」 「2.3日休めば大丈夫だろうって、お医者様も言っていたから、後3日は仕事に来なくてもいいって伝えて。二人でゆっくり過ごしてください。代休もちゃんととるように、言っといてね」 佐藤弁護士はそう言うと、大きめのバックを肩にかけなおして、手を振って帰って行った。 泊ってくれたんだろうか。堂本さんとは同期で仲が良いって言っていたから、世話をするのも当然だったのかもしれない。でも、同じ職場の同僚というだけで、ここまで世話を焼いてくれるなんて、いい人だ。本当にありがたいと思った。 元気になったらちゃんとお礼をしなくちゃいけない。堂本さんに伝えなきゃ。 朔也はそう考えながら急いで堂本さんの部屋の鍵を開けた。 「志津香か?もう帰っていいって……」 堂本さんはベッドから半分体を起こして玄関の方を見た。朔也に気がつくと驚いた顔で起き上がった。 「大丈夫ですか?」 「なに?夢かと思った。朔也帰ってきたんだ」 堂本さんはそう言うと、とても力強くしっかりと朔也の体を抱きしめた。 「さっき佐藤弁護士とエレベーターの所で会って事情をききました。倒れたんですね」 朔也も堂本さんの首筋に顔を埋めた。ほんのり香った香水は佐藤弁護士の物だった。 朔也は思わず体を離してしまった、眉間にしわが寄ったのかもしれない。 堂本さんが自分のスウェットの匂いを確認した。 「悪い。シャワー浴びてない。風呂に入ってくる」 「いや、ダメです。病み上がりでしょう」 「朔也まで志津香みたいなこというなよ。シャワーさっと浴びさせて。夏場の風呂なしほど酷な事はないぞ……じゃあ、倒れるかもしれないから朔也も一緒に入って洗ってくれる?」 堂本さんはゆっくりとバスルームへ向かった。さっとシャワー浴びたらすぐ休んで下さいねといって朔也はバスルームまで付き添った。 「いや、もう結構元気なんだけど」 堂本さんは、笑いながら服を脱いでバスルームへ入って行った。 部屋の中は片付いていた。洗濯物も溜まっていない。キッチンもきれいだし冷蔵庫にはラップしてすぐに食べられそうなおかずが用意されていた。鍋にはスープが作ってある。 完璧な整えられた状態で佐藤さんはこの部屋を後にしている。 新しい布巾が台所のシンクに乾かしてあった。猫の刺しゅうの入っている物だった。 赤い石のピアスの忘れ物のように、彼女の痕跡が所々に残されているような気がした。

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