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01.揺らぐ足元

 性別には、六種類の分類があるとされている。  生まれた時から身体的に大きく違いのある第一性別の男女に大別され、その後の性徴と共に第二性別のα、β、Ωの特性が発達していく。  世の中の大多数を占めるβは第一性別の分類通りの特性だが、αやΩに分類される人々は大きく特性が異なっていて。  端的に言えば、αは男女共に子を孕ませる能力を持ち、Ωは男女共に子を宿す能力を持つ。そしてその特性が影響しているのかは不明だが、αは先天的に身体的な能力が優れていると言われている。  故にかつての上流階級はαの血筋を重要視し、現代でもなおその流れを守り続けている古い家は少なからず残存している。  世間的には後継の立場にあっても、αではないと分かった瞬間にその舞台から引きずり下ろされる事例も多い。いかにβの子供の方がやる気や能力を備えていても、本人にはどうにも出来ない部分で門前払いを食らうのだ。  近い年代で同じ境遇のβ達が、何人も同じ目に遭ってきた。理不尽な目に遭って心を折られた友だって居た。  けれど皆、最後には一様に口を揃える。 「βだから仕方がない」    ……本当にそうなのか?    βである己が悪いのか。  だから今までかけてきた時間も努力も諦めて、αの弟妹に立場を差し出さねばならないのか。さして出来も良くないαからの侮蔑に耐えなければならないのか。  違う。  相手の方が優秀ならば納得もできる。けれどそうでないのなら、βである事を理由にはさせない。そんなもので生まれた意味を否定されるなど、到底受け入れられるものではない。  ――絶対に認めさせてみせる。αになど負けてたまるものか。  そう思って生きてきた。実際に第二性別が判明した後も、ずっと後継の候補者として名が挙がっていたのは己だけだった。してきた事が認められていると思えていた。  なのに。 「新たに秋都(しゅうと)を後継者候補に昇格させる」  高校二年次の初夏。  今頃になって、一つ下の弟である仁科儀(にしなぎ)秋都(しゅうと)の名が急浮上してきて。  仁科儀(にしなぎ)冬弥(とうや)が今まで見ていた景色は大きく変わってしまったのだった。      ――とある地方に、少し変わった学校がある。  人里離れた全寮制の男子校だが、高校とは思えぬ広大な敷地と充実した設備を備えた教育機関。  第二性別の研究機関と連携していて専門病院のような施設が併設されている為だ。それらの施設はαとΩのカウンセリングに使われる事が殆どで、βの学生は健康診断ついでにサンプルデータを取られる程度でしかないけれど。    この学校の最大の特徴は、希少な存在だとされるαとΩがβと同数集められている事。  とはいえ大多数のαは研究協力という名目でやって来た古い家の子息達で、社会貢献やカウンセリングよりも将来の人脈作りに精を出している。どちらかというとこの環境の方が、世間からすればかなり異質な環境に映るようだ。    上流階級と呼ばれる彼らと線を引くように存在しているのが一般家庭の生徒。多くはβと全国からかき集められたΩだが、稀にαも混ざる。本当に学校が保護と研究の対象にしている第二性別の持ち主はきっと、彼らの事だろう。  そんな環境にやって来て二年目。季節はそろそろ冬に入ろうとしていた。   「あ、β様だ。ホント飽きないっすねぇ」 「こら。お疲れ様です、仁科儀会長」  廊下を歩いていると、目指していた教室から声がかかった。  声のした方に見えたのはこちらをへ手を振っている数人の生徒。生徒会の活動に協力をしてくれているβの面々だ。  普段あまり関わらない一般家庭の彼らからは、第二性別や家庭環境に関する線引きはあまり感じられない。ただ、自分達と違う手合いは珍しい生き物を見る様な目で見てくる。良くも悪くも素直だ。 「相変わらず賑やかだな。春真(はるま)は?」 「ユッキーなら便所っすよ」  そんな彼らと関わりがあるのは、探し人であるユッキーこと、行家(ゆきいえ)春真(はるま)が普段つるんでいるからだ。 「お、噂をすれば。ユッキー! β様来てるぞー!」  ……その呼び名はβを下に見るαどもからの皮肉なんだが。  そんな事は夢にも思っていなさそうな屈託のない声が響く。それに反応して廊下を歩いていた姿が少し小走りで近付いてきた。  やってきたのは茶色がかった黒の短髪に、同じ色の目を持つ生徒。探し人の行家春真その人だ。  Ωではあるが彼らの容姿によく見られる線の細さはあまり感じられない。雰囲気はどう見てもβに近く、特性もΩにしては酷く軽い特殊体質。入学当初は首輪どころか、Ωが社会生活を送るのに必要不可欠な抑制剤すら携帯せずに生活していた程のイレギュラーだ。 「すんません、待たせた」 「俺も来たばかりだ。それより……まさか一人でうろついてたんじゃないだろうな」  きょろきょろと周りを見るが、春真と行動を共にしている人間の姿は見られない。一人で行動するなと口酸っぱく言っているのに。 「一人じゃない。向こうの教室が手前だっただけ」 「その間は一人じゃないか」 「先輩見えてたって」  そう言って笑う春真には警戒心の欠片もない。ようやく抑制剤を持ち歩いたり首輪をするようにはなったけれど、まだまだ警戒心が無さすぎる。  パートナーになって以来、この様子にはずっとハラハラさせられっぱなしである。    生家の仁科儀という家は国内屈指の規模を誇る巨大なものだ。その後継者候補である人間のパートナーである以上、普通のΩよりも気をつけて貰いたいのに。 「見えていても駄目だ。途中で何があるか分からない」 「こんな距離で大げさ」  何度言ってもこの通りの反応で、暖簾に腕押しの状態が続いている。 「春真」  じっと至近距離で睨んでようやく、へらへらとした笑いを引っ込めた。 「……分かった。分かったから」  顔が近い、と小さく呟きながらふいっと春真の顔は離れていった。当たり前だ。逃げられないように近付けているのだから。  特性が弱いとはいえ春真はΩだ。  対して自分はβにすぎない。αに寄った特殊体質を持ってはいるが、根本的な第二性別は変わらない。  特別な関係である『(つがい)』となって意中のΩを独占できるのはαのみ。他のαが番に収まってしまえば、春真がこの手から奪い取られてしまう。今の自分がいつも通り立っていられるのは、この存在のおかげなのに。  βの己がαに混ざっている事が面白くない連中は居るのだ。そんな奴らが憂さ晴らしで春真に手を出してきたらと思うと気が気でない。  だから無理を言って協力者にそれとなく監視を頼んでいるというのに……当の本人がこれである。 「……念のために護身術も覚えさせるか……」  思わずポツリと口から転がり落ちたその言葉のせいだろうか。周囲からの手が労うようにぽんぽんと背中を叩いた。

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