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13.あの日の真相

 …………。     いや、ちょっと待て。    「……は、春真、今……」  考え事で聞き流してしまったけれど、聞きたくて仕方ない言葉が耳を通りすぎていった気がする。  もしかしてと思うと頬が熱い。 「ふは。顔真っ赤っすよ、仁科儀先輩」 「う、うるさい! も、もう一度……っ」 「どうしよっかな」 「はるま!」  悪戯っ子の様な春真の笑みがこちらを見つめてくる。にやにやとしながら頬を撫でてきたと思えば、鼻先に唇が触れた。 「かわいい。冬弥先輩」  ……名前。自分自身を指す、個人の名前。  耳に届いた音にぼーっと春真を見つめていると、ニンマリ笑う顔が近付いてきた。何か仕掛けてくるつもりだと頭がようやく働いた瞬間、映る景色が反転する。そのままのそりと覆い被さってきたと思えば。   「とーや先輩。もいっこ謝ることがあるんだ」  悪戯っ子の様な顔がやけに神妙なものに変わって、少しドキリとする。 「こ、今度は何だ……」 「先輩がクソΩに襲われた日、オレを襲ったって謝ってただろ」  ひっそりと忘れたかった記憶が掘り起こされて、少しだけ気持ちが暗くなった。  情けないことにフェロモンレイプにかかり、よりによって連れ帰ってくれたであろう春真を襲ってしまった悪夢の記憶。  思えば、あれで事が拗れてしまったのだ。 「そう、だな……本当にあの時は」 「あれ、襲ったのオレなんだ。冬弥先輩は寝てただけ」   「………………え?」    思ってもみない言葉に、何を言われたのか分からなかった。    じっと春真を見つめるけれど、冗談ではなさそうだ。  今何を言った? 春真が襲った? 誰を?  混乱する自分は余程ひどい顔をしていたのだろう。春真は少し慌てる様に言葉を重ね始めた。 「あ、あの時の先輩、フェロモン結構キツくて。抑制剤飲んで抑えてたけど……先輩の部屋に来たらもう限界で」 「な……」 「寝顔見ながら抜くだけのつもりだったんだ。抜いたらすぐ帰るつもりだったんだ。本当にそのつもりだったんだけど、気が付いたら先輩の上に乗ってて……っ」  吐き出される言葉が鼓膜を通り抜けて頭に容赦なくぶつかってくる。言いながら顔を真っ赤に染めていく春真の姿が目から頭を揺さぶってくる。  刺激が強すぎて心臓が変な走り方を始めた。呼吸が苦しい。    つまり……つまり、だ。  件の一件で浴びたフェロモンに影響を受けた春真が、仁科儀冬弥の寝顔で抜こうとしたと。  いざ抜き始めたら止まらなくなり、わざわざ寝ている人間にゴムを着けて、跨がったと。    春真が。    挿れる側の自分ではなく、受け入れる側の春真が。  求める時は未だにどことなく恥じらうあの、春真が。  自分で最初から最後までしたと、言っている。    ど、と心臓の脈が大きく打つ。    けれどすぐに別の意味でどくどくと落ち着かない脈に変わっていく。既に気持ちはベコベコになっているけれど、大きくもうひと凹みしそうな可能性が浮き上がってきた。 「……まさか、お前がしたかった話、は」 「寝込み襲ってゴメンって言おうとした。制服めちゃくちゃ汚したし。先輩のゴムも勝手に使ったから」 「お……俺は……全く、何も……?」 「うん。腹立つくらい気持ち良さそうに寝てた」  申し訳なさそうな顔に何も、言葉がでなかった。  服をぐしゃぐしゃにするほど乱暴に暴いたのだと思った。落として床にばらまいてしまったゴムをしまい直す余裕もなく身につけたのだと思っていた。  ……そういえば、春真の身体にあの日の跡は無かった気がする。自分の方にはいくつかあったけれど。    そして、寝込みを襲った事への謝罪を別れ話と勘違いをして。  ひたすらに避けて、逃げ回って。  勘違いを拗らせた挙げ句、人前で春真をなじって逃げたした……と。  ……。    …………穴に埋まりたい…………。  ここまで己は阿呆だっただろうか。自認が出来ていないだけで、ずっと阿呆だったのだろうか。積もり積もった馬鹿さ加減に自己嫌悪が止まらない。  「……これじゃあのクソΩと一緒だよな。ごめん……」  ずっと黙っていて不安にさせてしまったらしく、春真が弱々しく呟く。その声音にはっと我に返って衝動的に春真を抱き寄せた。 「そうじゃない。自分の勘違いが過ぎて情けないだけなんだ……あの時に寝こけてさえいなければ……」  いや、どのみち勘違いはしていただろうけれど。しかしここまで春真から逃げ回って拗らせる事は避けられたかもしれない。  おまけに自分で上に乗ってきて揺れる春真の艶姿を見られたはずだった。  どんな様子で求めてきたんだろう。どんな顔でゴムを着けて、その身に飲み込んでいったのだろう。どんな風に揺れて、感じたのだろう。  普段は見れない春真の表情が見えたかもしれないのに。口惜しいにも程がある。   「……あの、とーや先輩」  自己嫌悪もそこそこに沸き立ってくる欲望に浸っていると、真っ赤な頬の春真がこちらを見ていた。  ――触りたい、と。  甘えるような声にじわじわと思考が痺れていった。珍しく積極的に触れてくる春真に心が満たされていく。最終的にリンゴのような頬で上に跨がる春真に見下ろされ、ぶつんと理性の糸が引きちぎれて。  恥も反省もすっかり吹き飛んでいって、ものの見事に欲の沼へ滑り落ちた。春真の匂いと声に溺れながら、重なる肌の感触に埋もれて。    当初の希望通り、一日ずっと部屋に引きこもって春真とじゃれあった。  …………次の日は笑えるぐらい、二人とも全く動けなくなってしまったけれど。こんなに幸せな身体の痛みは初めてだった。

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