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六 デートの約束
(今日はさえさんが来てくれて助かった……)
優梨の不在という穴は、二号店のナンバーワン登場で逆に大盛り上がりだった。美鈴とさえ、二人のナンバーワンが揃う状況は稀だ。二人が仲が良いというのも幸いし、客も満足そうだった。
「やっぱり、若くても新オーナーだなあ」
瑞希のお陰でピンチを乗り越えられた。本当なら、自分がなんとかしなければならなかったところだが。
いつも通り、売り上げを回収し、挨拶を済ませて雑居ビルを出る。街の明かりの殆どない、濃紺の空の下を行く。
先日はケンカのあった路地も、今日は酔客がポツポツといるばかりで、騒ぎは起きていない。ホッとして路地を行こうとした時だった。
ポケットに入れておいたスマートフォンが震える。
「ん?」
こんな時間に、何だろう。そう思って画面を見る。
「え、アオイくん?」
表示された文字に、驚いて目を瞬かせる。何事かと思いながら、電話に出た。
「もしもし?」
『あ。八木橋さん? 仕事終わりました?』
「うん。今、売り上げ報告して、帰るところ」
『そうなんだ。オレも今から帰りなんで、一緒に帰りましょう』
「え、あ、うん」
『一緒に帰りませんか?』ではなく、『一緒に帰りましょう』と言われ、戸惑う。どうやら既に、決定事項のようだ。
(若い子は強引だな~。でも、懐かれてるみたいで、悪くないな)
「じゃあ、店の方に行くね」
『お待ちしてます』
電話の向こうで、アオイが笑った気がした。
一人で帰るのは味気なかったが、一緒に帰る人がいるというのは、こんなにも良いものなのかと、足取りが軽くなる。
細い路地を抜けた先にある店の前で、アオイが立っていた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
笑みを浮かべるアオイの横に並び、歩き出す。アオイとの身長は少しだけアオイが大きかったが、殆ど差がない。だが、腰の位置が違うことに気づいて、八木橋は少しだけショックを受けた。
(うーん。アオイくん、スタイル良いもんなあ……)
「? どうかしました?」
「あー、いや。アオイくん、スタイル良いなーって思って」
「え? そうですか? 嬉しいな」
ふわりと微笑むアオイに、八木橋は思わず目を細める。若いエネルギーが、やけに眩しく感じた。
「ん、ん。アオイくんは普段、何してるの?」
「日中は大学に行ったり行かなかったりですけど。休みの日は萬葉町で遊んでますね」
「バーテンやって大学は大変じゃない?」
「そうでもないです。八木橋さんは、プライベートはどうされてるんですか?」
「僕の話なんて……」
自分みたいなおじさんの話なんて、聞いても仕方がないだろう。そう言って苦笑いする八木橋に、アオイが首を振る。
「オレは、八木橋さんの話、興味ありますよ。どんなことしてるのか、どんなものが好きなのか知りたいです」
「――っ……」
アオイの真剣な言い方に、思わず赤面してしまう。社交辞令なのは解っていたが、嬉しかった。
(ほんと、口説かれてるみたいだなあ……。アオイくん、いつもこんな感じなんだろうな……)
アオイのように綺麗な子にこんなことを言われたら、誤解してしまう人もいるだろう。
(こんなおじさんにも優しいなんて、恋人にはどんなに優しいのかな)
アオイは少し毒舌なところもあるのだが、こうして親しくなると、蕩けるように甘い。
「僕は、スイーツ巡りばっかりしてるよ。新しいお店が出来たら、チェックして……」
アラフォー男がスイーツなんて、少し恥ずかしい。自分みたいな男より、若い女の子やアオイのように綺麗な男の子の方が、スイーツは似合うのに。
「甘いもの、好きなんですね。じゃあ、デートはカフェにでも行きましょうか?」
「へ? デート?」
「あれ? 忘れちゃいました?」
酷いな。と、拗ねたような顔をされ、ビクッと肩を揺らす。脳裏に、いたずらっぽく笑った、アオイの顔を思い出した。
『黙っておく代わりに、今度デートしてください』
「あっ……! おっ、覚えてるよっ。その――デートって……」
冗談。だったのでは。そう聞き掛けたが、アオイが先にパッと顔を明るくして笑う。
「あ。覚えてたんだ。良かった」
「う、うん」
(もしかして、ただ遊びに行こうって話なのかな……?)
美鈴とさえも、よく「昨日はさえちゃんとデートだったの~」と、言いながら二人で外出してきた写真を見せてくれる。もしかすると、若い人たちは友達と外出することを『デート』と言うのかも知れない。八木橋は納得して、頷いた。
「カフェは良いけど、アオイくんはどこか行きたいところないの?」
「オレは、八木橋さんが行きたいところに行きたいですね」
「うっ……。眩し……。そ、そうなんだ」
(ううむ。こんな僕を友達扱いしてくれるなんて、アオイくんは広い世代と付き合えるんだな)
やはりバーテンという職業柄、人と接するのが得意なのかも知れない。
「じゃあ、好きなものはある? 甘いものは好き?」
「そうですね……。自分ではあまり甘いものは買わないですが……。プリン好きの友人から貰ったプリンとかは、食べますね。あとフルーツは食べます。店でも出すんですが、余ることもあるので」
「あー、うんうん。僕もよく、女の子からケーキとかスイーツのお裾分け貰うんだ」
(そっか。フルーツは好きか)
「じゃあ、フルーツ使ったスイーツ、探しておくね」
ニコッと笑みを浮かべた八木橋に、アオイが言葉を詰まらせた。
「――」
どうかしたのかと、首をかしげると、サッと目を逸らしてしまう。耳元が、何故か赤かった。
「――そう言えば、当分は誕生日とか、イベントはなさそうですか?」
「あー……。来月は、水着イベントがあるんだけど……」
「水着イベント?」
「女の子たちがね、水着で接客するの。うちは高級感重視の店だから、あんまり派手じゃないやつね」
水着のような露出の高い衣装は、たまにやると受けが良い。お祭りのようなこういうイベントは、客が多く来てくれる。
「手伝い入りますよ。『ムーンリバー』が忙しくない時になっちゃいますが」
「えっ。良いの?」
「大丈夫です」
きっぱり言いきるアオイに、思わず笑ってしまう。
(でも、ありがたいのは本当なんだよな……)
イベント時は、二号店でも当然、イベント中だ。いつもより客が入るというのは、スタッフも足りないということだ。
「じゃあ、声かけさせて貰うね」
「ぜひ」
そうして話しているうちに、大通りに出る。ここでお別れだ。なんとなく、あっという間だった気がして、名残惜しい。アオイとの話は、彼が話を合わせるのが上手いのか、気後れしないで済む。とても楽に話せていた。
「じゃあ、デートのお誘いも、待ってますね」
アオイの言葉に、クスリと笑う。
「解ったよ。じゃあ、連絡するね。おやすみ」
「おやすみなさい。八木橋さん」
甘い声でそう微笑んで、アオイが手を振る。なんとなく、気恥ずかしい気持ちになりながら、八木橋も手を振り返した。
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