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第47話 呪法解析士・花笑円

 三重の扉を潜って、更に霊力感知を行った先に、また扉があった。  自動ドアが開くと、大きな椅子の手前に峪口(さこぐち)智颯(ちはや)が立っていた。 「智颯? なんで智颯が、ここにいんの?」  歩み寄りながら声を掛けると、智颯も驚いた顔をしていた。 「直桜様? どうして……、あ、そうですよね。重田優士の襲撃から藤埜統括を助けたのは、直桜様でしたよね。やっぱり直桜様は流石です」  智颯の前には壁一面といっていい大きさのディスプレイがあった。その前に数台のモニターとフラットキーボードが置かれている。 「まさか、解析士って智颯じゃないよね?」  惟神の智颯にそんな能力があるなんて、聞いたことがない。 「僕も一応、怪異対策担当と兼任で呪法解析室の助手をしているんですが。この部屋の責任者は僕ではなく、彼です」  智颯が、すっと身を引く。  ゲーミングシートのような大きな椅子に埋もれるように座っている少年、いや青年がいた。 「初めまして、花笑(はなえみ)……(まどか)、といいます。このフロアの、責任者……で、諜報担当と、兼任です、一応……」  智颯の後ろに隠れながら、とても小さな声で挨拶された。 「えっと、初めまして……」 「瀬田、直桜、さん、ですよね。お話は、智颯君から、カネガネ、お伺いしています……」  消え入るような声だが、直桜の存在は知っているようだ。 「すみません、直桜様。(えん)はゴリッゴリの引きこもりだったのが、ようやくここまで社会的に自立したので、大目に見てあげてください」  智颯が直桜に向かい、頭を下げる。  真面目で融通がきかない智颯にしては甘い評価だと思うが。そんな智颯の目から見ても成長している姿なのかもしれない。 「いや、挨拶してくれて、ありがとう」  なんと返事していいかわからなくなって、とりあえずお礼を言ってみた。 「ちゃんと、挨拶出来たら、智颯君が、褒めてくれるって、いった、から」  円が智颯の袖をぐっと掴む。 「良く出来て、偉い」  智颯が円の頭を撫でる。  長すぎる前髪のせいで表情がよくわからないが、円が嬉しそうにニコニコしているように見える。 「二人、仲、いいんだね。智颯がお兄ちゃんな感じ?」  何気なく問うと、智颯が首を振った。 「いいえ、円は僕の一つ上です」 「あ、そうなんだ」  確か智颯が十六歳だった気がするから、円は十七歳だ。  言われてみれば確かに、そのくらいの年齢の男子に見える。 ((えん)とか愛称で呼んでるし、仲いいんだろうなぁ。智颯にしては珍しい気がする)  直桜は、少し前の呪いの雨の時の智颯との会話を思い出した。 (あの時、バディについて悩んでそうな感じだったよな。もしかして、彼と組みたくて、悩んでたのかな)  今現在、智颯は双子の妹の瑞悠とバディを組んでいるが、惟神以外の術者を選ぶべきかなど、悩んでいる様子だった。  直桜と組みたがったのも、色々な相性を試したかったのかもしれない。 「(まどか)くん、お久しぶりです。先日は連絡、ありがとうございました」  護が大変自然に声を掛けた。  円が護に向かいぺこりと頭を下げると、すぃと目を逸らした。 「気を悪くしないでください、直桜様。化野さんはご存じだと思いますが、これがいつもの(えん)です」 「(まどか)は化野に懐いているからな。愛想がいい」 「あれで?」  智颯に次ぐ忍の説明が衝撃過ぎて、うっかり口走ってしまった。  だとしたら、直桜への挨拶は相当に頑張ったのだろう。よっぽど智颯に褒めてほしかったのだろうなと思った。 「円は草の者だ。13課の諜報担当は花笑家を中心に集めた草で構成されている」 「草って、忍者ってこと?」 「雑に言えば、そうだな」  直桜の質問に、忍が頷く。 「忍者っていうと、格好良い、ですね。実際は、そんなんじゃ、ない、けど」  円が照れているが、直桜には違いがよくわからない。 「解析室は円の二人の姉も担当しているが、その二人は今、諜報担当の仕事で外していてな。尤も、解析に関しては円に勝る人材はいない」  忍がきっぱりと言い放ったのが意外だった。  更に意外だったのは、手放しで褒めた忍の言葉に円が全く無反応だったことだった。 「二人の姉は諜報の仕事が多いから、最近はずっと智颯にサポートに入ってもらっている」 「そうなんだ。智颯、凄いね」  直桜の言葉に、今度は智颯が照れた。  顔を赤くする智颯を円が見上げている。 「智颯が来てから、円の作業効率が格段に上がった。元々、ここは円一人で回しているようなものだったが、智颯が入ってくれるなら、二人体制でもいいと考えている」  がたん、と円の足が椅子から落ちた。 「ふた、ふた、二人で、仕事して、いいんですか?」  伸びた前髪の隙間から覗く目が見開いているのがわかる。 「僕は正直、雑用ばかりで、あまり円の仕事のサポートはできていませんが」  困った顔をする智颯の腕を円が、がっつり掴んだ。 「何言ってんの? 智颯君、すっごく役に立ってるから」  さっきまでの話し方は何だったのかと思うほど、円が流暢に喋った。 「円の解析術は霊力でシステムを構築して対象にアプローチする、いわば術式のようなものだ。智颯の神力が大きな助力になると思うが」  忍の言葉に智颯が首を捻っている。  その姿を円が期待の眼差しで見上げている。  とてもわかり易いなと思った。 「そうだね、いいかも。智颯って、こういう仕事向いてそうだし。試しに円くんに神力、送りこんであげたら? 相性とか、わかるかもよ」  驚いているのか期待しているのかわからない顔で、円が直桜を振り返った。 「送り込む、ですか? 僕はまだ、他人に神力を流し込んだことがないので、よくわかりません」 「じゃ、試しにやって見せようか。円くん、触っていい?」  円が静かな勢いで智颯の腕を掴んだ。 「はい、今なら大丈夫です」  直桜を振り返った円に苦笑いする。 「智颯は俺の肩に手を置いて、神気の流れをよく感じるようにしてみて」 「わかりました……」  智颯が目を閉じる。  集中しているのを確認して、直桜は円の中に神気を少しずつ送り込んだ。 「……え、えっ」  円の口から、小さな声が漏れた。  慌てた声を聴いて、護が円に手を添えた。 「直桜の神力は強いから驚くかもしれませんが、大丈夫ですよ。ゆっくり呼吸して、流れ込んでくる気を感じてください」  円が言われた通りにゆっくり息を吸い込む。  智颯の腕から円の手が離れた。その手を智颯が拾い握る。力が入っていた円の肩がゆっくりと下りた。  一通り体を満たす程度に神気を流すと、直桜は手を離した。 「こんな感じだけど、わかった?」  智颯を振り返る。  恍惚とした表情で呆然としていた。 「直桜様の神気に直に触れる機会があるなんて、光栄です」  智颯の表情を見付けた円が血走った目で直桜を見上げていた気がしたが、怖かったので気が付かない振りをした。 「でも、確かに……。こんなのは、初めて、でした」  円が護を見上げた。 「あだ、化野、さんは、いつも、こんな強くて濃い、神気を、受け取って、いるんですか。……タフ、ですね」 「私は直桜の神力しか知りませんし、神紋も貰っていますから。他の方とは感じ方が違うかもしれませんね」  円と護の会話は、直桜にはよくわからない。 「じゃ、智颯、やってみなよ。円くんの肩に手を置いて」  促されるまま、智颯が円の肩に手を置く。  円の方がビクリと跳ねた。 「円くん、リラックスして。もう一度、深呼吸です」  護が円に促すと、肩の力が少しずつ抜けた。 「掌と円くんの肩が繋がっているようなイメージで、神気を円くんの全身に送り込む。そうそう、良い感じ。ゆっくりね」  直桜に言われた通り、智颯が神気を流し始める。 「……ぁ、ったかい」  円の顔が上向いて、前髪が流れた。 (あれ? この子、可愛い顔してる。前髪で隠すの、勿体ないな)  などと思いつつ、円の胸に手をあてる。  直霊が揺れているのが分かった。 「智颯、ストップ、そこまで。それ以上は円くんが辛くなる」  直桜の声に、智颯が神気を止めた。  円が顎を上げてさっきの智颯のような恍惚な表情をしている。  智颯が、ぎょっとして円の肩を揺すった。 「円、円! 大丈夫か? ごめん、初めてだったから、加減がわからなくて」 「智颯君の初めて、貰っちゃった……」  円がとても幸せそうに呟く。  直桜は、離れた場所で黙って見守っていた忍を振り返った。 「どう?」 「うむ。悪くないな。思っていた以上に相性がよさそうだ」  忍が円に近付き、顔を覗き込む。 「ただし、今のままではダメだな。円の直霊が弱すぎて惟神の神気を受け取り切れない。鍛錬するならアリ、といったところか」  覗き込んだ忍の顔を、円がじっと見詰めた。 「鍛錬、します」 「惟神は元の力が強すぎて普通程度の術者ではバディは組めない。円も、元々ポテンシャルはあるんだ。その気があるなら努力してみろ」 「努力、します」  円の目は本気だった。  忍の葉っぱの掛け方が巧いのは、やっぱり年の功だろうかと思う。 「良かったね、智颯。バディ探し、迷っていたみたいだし。円くんとは色々、相性良さそうだしね」  円の気持ちは駄々洩れだが、智颯がどう感じているかは、わからない。  智颯の目が、直桜の左手に向いた。 「化野さんとバディの正式契約、されたんですね、直桜様」 「ん? うん。神紋があるから、指輪はどっちでもいいんだけどね」  智颯がぐっと俯いた。  直桜と護に向き合い、思い切り頭を下げた。 「おめでとうございます。会ったら、ちゃんと言おうと思ってました」 「ありがと。そんなに、畏まんなくていいよ」  顔を上げた智颯が、泣きそうな顔で笑った。 「僕も直桜様みたいに強くて、優しい惟神になります。運命のバディを見付けられるように」  咄嗟に、反応できなかった。  自分が強いとか優しいとか、そんな言葉で称賛されるなんて、思いもしなかった。 「うん、応援してる」  それだけ言うのが、やっとだった。

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