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第1話

 時臣おじさんはいつだってかっこよかった。  俺が3歳の頃、父親の末の弟の時臣おじさんが大学に受かって家でお祝いをした。  結構なご馳走が出たから覚えてるけど、豪華なお祝いだったな。その時におじさんははっきりと、 「アルバイトでこれだけ貯めました。学費はお世話になるけど、一人暮らしを許してください。家賃は自分で払います」  と通帳をうちの父や自分の父親である俺の爺ちゃんやらに提示して、ぐうの音も出ない親族から一人暮らしを勝ち取った。  俺はそれを見てかっこいいなあと思ったのは覚えてる。  おじさんはいつだって自分で決めて、決めたことはやり遂げる人になった。  俺が今、高校3年になっていざ大学受験!となった時に、その時のおじさんの偉大さがわかったものである。  バイトをしながらそこそこの大学に受かるのは、並大抵ではないから。やっぱおじさんはかっこいい。  そのおじさんが、明日遊びに来るという。  おじさんに会うのは中学2年以来で、仕事が忙しくて中々来られなかったそうだ。 おじさんの職業?おじさんの職業は、警備会社勤務だときいている、けど何をしているのかはわからないだよね。  ただ中2の時に会ったおじさんは、どえらく体を鍛えていて、胸板なんかバンッと張ってて、腕も筋が浮くほどの筋肉だったのを覚えている。  警備会社でそんな筋肉いる…のかな?  まあなんにしろ、明日また会える。どんな風になってるのかな、おじさん。    チャイムがなって、母親と爺ちゃんが玄関で出迎える。  夏が始まりそうな7月の頭。まだ梅雨は明けていないが、今日は晴れていて少し暑いくらいだ。  おじさんは、襟元が締まった黒のTシャツのようなものを着て、その上に濃い茶色のジャケットを袖を無造作にまくって着ていた。  ジャケットの合わせから見える胸板半端ねえ〜。 「おお、時臣久しぶりじゃのう。この親不孝めが、連絡もちょぼちょぼしかよこさんで、まあいいさ、入れ入れ」  爺ちゃんはもう、末っ子が帰ってきたことで大喜びだ。 「和代さんご無沙汰しています。今日はお世話になります」  玄関の三和土に立って、45度の礼をして母さんに挨拶するおじさんを、おれは居間の入り口から覗いていた。 「おお、悠馬久しぶり」  靴を脱ぎながら俺に気づいて、柔らかな笑みをくれる。 「あ、これケーキです。みんなで食べようと思って」  と母さんにケーキの箱を渡して、居間にやってくる。 「相変わらずでっかい胸板だね」  180cmほどのおじさんは、俺が普通に手をあげて胸を突くにはちょうどいい。俺は握った拳を胸に軽く当ててみたが、硬くて硬くて、本気で叩いたらこっちの手が怪我をするほどだ。 「毎日鍛えてるからなぁ。お前も鍛えろよ。少しは」  と言って、俺の腹肉を掴もうとしてくる。 「やめろってーいつもそれやる!皮しかねえよ」 「ほんといつみてもヒョロヒョロだな」  真っ白な歯を見せて笑って居間の奥、隣の座敷にあるばあちゃんの仏壇に線香をあげに行く。  これもいつもの行動だった。 「さあさあ、お茶にしましょう。時臣さんのおもたせで悪いけど、ケーキいただきましょ。コーヒーか紅茶いってちょうだい」  ちょうどおやつどきの午後2時45分。母も、頑強で割とイケメンのおじさんがくると華やぐからおもしろい。  「俺これがいい!」  でかいモンブランは俺のだ! 「やっぱり悠馬はそれだと思ってたわ」  ちゃぶ台の前にあぐらをかいて座って、ニコニコと俺をみてくる。子供扱いか?ん? 「俺の好きなの覚えてたの?」  一応聞いてみるが 「いいや?一番でかいから」  母さんからコーヒーを受け取って、また笑う。  おじさんは本当によく笑う人だ。 「でかいからって!子供扱いかよ。俺もう18だぞ」  俺がそういうとおじさんはーえ?ーと本当に驚いた顔をして、周りを見回し、そしてそれが本当だと知ると改めて俺をみた。 「悠馬が18歳?俺が家を出た年じゃねえか。へえ〜〜〜」  モンブランの乗った皿を持って膝立ちしている俺をジロジロ見ながら、おじさんは。ーへえ〜ーを繰り返している 「なんかご不満でもありますかね」  俺も隣に胡座をかいて、ちょっと不機嫌に座った。  いくらなんでもさあ… 「ああ、いやごめん。こーんなちっちゃかったからさ」  と人差し指と親指で1cmくらいの幅を見せてくる 「人間かそれ!」  あ、腹の中で最初はねって違うくて!もういいよ!とざっくりとモンブランにフォークを刺して、一口分抉ってやった。 「それよりお前、仕事はちゃんとやれてるのか?」  爺ちゃんはやはり息子のことは気掛かりなのだろう。ほぼ音信不通で何年もいたおじさんに、心配しないわけがない。 「うん、順調だよ。警備会社の若手に稽古つけたりしてるからさ、あまり休めなくてな。心配かけて悪いな。俺はこの通り元気だから」 「ならいいんだがな」  爺ちゃんは、普段あまりケーキなんかは食べないけど、息子のお土産だからなのかな、チビチビと口にしてる。  うちの親父とおじさんは12歳離れてて、爺ちゃんからしたら歳行ってからの子で可愛くて仕方ないみたいだ。 「そういえば兄さんは?」 「晴臣は今日部活動の引率でな、関東大会とかで茨城まで行っとるわ」  うちの父ちゃんは高校の先生だ。堅っ苦しい親父だが真面目で実直ではある。 「あ〜サッカー部だっけか。兄貴サッカー好きだもんな。先生も大変だねえ」  時々おじさんは、親父に対して揶揄(やゆ)するような口調をすることがある。多分無意識なんだろうけどね。  まあお堅い親父だから、弟としてはなんかあるんだろうな。 「時臣さん、今日は泊まって行かれるんでしょう?一階の奥座敷綺麗にしときましたから使ってくださいね」 「いやすみませんね、和代さんに手を煩わせてしまって。今日は一泊お世話になります」 「何言ってるんですか、時臣さんのご実家でしょう変な遠慮しないでね」  母さんはコーヒーをもういっぱい用意して、おじさんの前のカップと交換していた。気ぃつかってんの母さんだよなどうみても…。 「後で飲もうや」  爺ちゃんが盃を傾ける指をしてワクワクし始めた。 「お、いいね。あ、俺一本持ってきたよ、親父の好きそうなやつ」  後ろに置いたバッグを探って、なんていうんだ?小さい酒瓶750ml?の黒龍という瓶を取り出した。 「福井の酒だよ。ちょっと甘めだからさ、親父好きだろ?」  テーブルにどんと置いて、ー後でやろうやーとニカッと笑う。やっぱかっこいい…。モテんだろうなおじさん。  爺ちゃんも末っ子パワーでウキウキだわ。 「つまみは任せてね」 母さんも張り切っちゃって。家が明るくなったようだ。おじさんパワーすげ。  親父も帰ってきて、母さん渾身の夕飯も終わった。  爺ちゃんとあんなに飲んでいたおじさんは、爺ちゃんが酔い潰れているのにちょっと顔が赤いくらいで普通に喋っている。お酒も強いんだなあ…。弱点はなんなんだこの人。 「時臣さん、お風呂はどうする?結構飲んでたけど、明日の朝でもいいわよ?」  母さんはお盆に茶碗や皿をサカサカと乗せながら、おじさんのグラスを交換した。まだ飲ませる気なんかな。 「あ、いや、頂きます。汗ばんじゃってどうしようもないんで」 「そう?じゃあお水持ってくるから、少し醒ましてから入るといいわ。コーヒーがいいかしら?」  なんか母さん甲斐甲斐しいなぁ。親父がちょっと不機嫌そうだぞ。おもろいけど。 「じゃあすいません、コーヒーください」 「は〜い」  波線だよ。は〜いって。こんな上機嫌な母さん見たことない。  筋肉とイケメンは強いなやっぱり。  親父はサッカー好きだけど、ヒョロガリだからなぁ。あ、俺がそれ受け継いだのか…今気づいたわ、泣ける。 「じゃあ俺先に風呂入っていいかな」  俺も明日学校だし、早めに入っておじさんと話もしたいなあと思ったんだけど 「悠馬!時臣さん久しぶりなんだから、最初にいれてあげて。何言ってるの」  お盆を両手で持って台所に向かいながら、めっ!てされた。ええ〜〜おじさんが酔い醒めるの待つのかよ〜 「ああいいですよそんなの。客じゃないし」  流石におじさん苦笑してしまう…よね。ここの家の人だもんな、元々。 「あ、そう言う意味じゃないのよ?まあでもせっかくだしと思ってね」 「お気遣いありがとう、和代さん。でもまあ悠馬も色々あるでしょうし、先に入れてやってくださいよ」  両手を後ろについて母さんを見上げているおじさんは、こっから見えないけど一体どんな顔をしているんだろう。母さんの頬がちょっとだけポッとなった気がする。  なん〜〜かどっか悪い影あるんだよねおじさんって。そう言うの女性は好きだからなぁ…母さんも女性だったか…。  「じゃ、じゃあ悠馬先にお風呂行きなさい。宿題は終わってるのよね?」 「うん、終わってる。おじさんありがと、すぐ出るからね」 「ゆっくり入れ〜」  言い出さなかったのも悪いとは思うけど、引率でずっと外で汗まみれになった親父を、誰も気遣わなかったのは後で気づいたけどちょっとかわいそうだったな。 

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