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第1話

 せびり泣く雨に、悲痛の雷鳴は行き場をなくした男の心のようであった。甘ったるい恋人の吐息、見知らぬ男の靴、無我夢中で駆け抜ける夜の街。  誰一人キャリーバックを引く男に振り返ることはない。ネオンの明かりすら彼の心を照らすことはできない。  傘を貸してくれる手もなく、当てなく彷徨う男に一筋の光が目に留まる。  ぎらつく光の中で控えめに輝くランプが深緑色に塗られた木の扉に見覚えがあった。数少ない友人に連れられていく行きつけのバーだ。吸い込まれるようにドアノブに手をかければ、カランコロンとベルが鳴る。 「いらっしゃいませ」 「雨宿りさせてください」  これが彼、雨霧 翔平と晴明 拓哉の同居の始まりである。 「ただいま」  いつもより遅めの帰宅をした雨霧は、恋人の出雲 馨が待つマンションへと足を踏み入れた時違和感を覚えた。いつもなら迎えに来てくれるはずなのに来ない。リビングも暗いままだ。  寝ているのだろうと思い、気にしないようにしたが見かけない靴を見つける。恋人にしては大きく綺麗な革靴に不安が居座り始めた。音を殺して、息を殺して、寝室に耳をすますと、水音と甘い恋人の吐息。笑いあう男たちの囁きを聞いたとき、ぶわりと映像が流れる。感情が追いつく前に体が動いていた。  外はすでに土砂降りの雨であり、涙を流す雨霧を隠す。夜の町は無関心であった。失恋した男などに興味がない。  体も心も冷え切った雨霧は無意識に温もりを求めていた。しかし、慰めてくれる関係の深い友人などいない。親も疎遠気味。誰一人今の雨霧に寄り添うものはいない。  そんな中見つけた捌け口。表面上の友人に連れられよく行くバーレインだけが傷ついた心の拠り所であった。  濡れた雨霧に嫌な顔何一つ見せず、いつもの席に座るように言うバーテンダー晴明は暖かいものでもと季節外れのホットワインを出す。  一口飲むと冷えた心にも染みわたり、塞いでた栓も緩んでいく。 「おれのどこがいけなかったんだよ……。教えてくれよ」  もう子供でもなければ、女でもないのにせびり泣き心の内を明かす雨霧に晴明は困った笑みを見せて相槌をうつ。  止まらなくてはという気持ちは雨霧にもあった。しかし、お酒もあり止まらない。  申し訳ない気持ちと抑えられない感情の板挟みに苦しんでいると、晴明が口を開く。 「少し尋ねたいことがあります。雨霧さんは今日泊まる場所はありますか?」 「あっ……」  閉店間際の時間帯。こんな時間に空いてるホテルなどあるわけない。勢いでマンションから出た。これからの行先もない。どうしようもない状況に青ざめた雨霧を、哀れんでか晴明は提案をする。 「もしよろしければ私の家に来ませんか?」 「いいんですか?」 「ええ、このまま路上に迷われては心苦しいですから」  霧雨からしたら願ったりだった。断る理由もない。しかし、心の奥に潜んでいる暗い己が果たしていいのかと囁いているのだ。裏切られないだろうか。大丈夫だろうか。そのような感情が晴明にも伝わったのかグラスを下げながら、控えめに言うのだ。 「勿論、無理には言いません。霧雨さんの自由ですから」   そう穏やかな顔に言うものだからか、霧雨の荒んだ心も静まっていく。 「泊めさせてください」  無意識のうちに声に出ていた。ただ単に寂しかっただけなのかもしれないし、雨宿りをしたかったのかもしれない。雨霧はまだ自分の気持ちが分からなかった。

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