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scene 13. My Foolish Heart Ⅲ
警察署に赴き、あらためて話を訊かれるなどして、事件に関してひととおりのことが済んだ、その数日後――。
「もうルカってば、いいかげんPCの前にばっかりいないで、ちょっと買い出しに行こうよ。鍋やスパイスばっかりいくら揃えたって、料理しなきゃ意味ないって何度云わせるんだよ。俺らでもできるような簡単なものをちょっと作ってさ、あとは茹でたポテトとチーズと惣菜とかでいいんだから……とりあえず買い物にだけ行こうよ」
来る日も来る日も朝食はカフェ、昼食はデリバリー、夕食はレストランかホスポダという食生活に嫌気が差し、テディは今日もPCに向かったまま動かないルカに我慢の限界だと訴えた。
一緒に暮らし始めた当初はまだ、朝食だけは自分たちで用意していた。朝はパンとチーズ、缶詰のコーンやグリンピースと、あとはソーセージやベーコン、ハムなどがあれば充分だからだ。偶にテディがオムレツになる予定だったスクランブルエッグや、かりかりと白身は芳ばしいのに黄身はほとんど生のままという、不思議なフライドエッグを作ったりもしていた。
だが洗い物が面倒なうえキッチンが汚れるのが嫌だという理由で、ルカはだんだんと買う食材の種類を減らしていき、ついに冷蔵庫に入っているのは飲み物とサプリメントだけ、という状態に至った。しかし更にその後、広い部屋の掃除が大変だと云って週に二回クリーニングサービスを頼むようになったので、それならキッチンが汚れてもいいじゃないかとテディは何度も自炊しようと云っていたのだが――
「んー……、家政婦さん頼もうか。掃除だけじゃなくって」
ルカはPCのモニターから目を離さないまま、そんなことを云いだした。横から覗いてみれば、画面には既に『プラハ 家政婦紹介所』と検索した結果が表示されている。テディは呆れ返り、思わず天井を仰いだ。
「もう……ほんっと、いいかげんにしなよ。ルカはいっつも最初だけ、口で云うだけ! 車だって一回洗車してからはずっとパーキングに置きっ放しだし! 信じらんない!!」
「車はまた、暖かくなったら乗るよ。……んー、ベテランのほうが料理とかうまいかな、でもあんまり年寄りだとこっちが気を遣うなあ……」
「いや待ってよ、俺、家政婦雇うのなんて賛成してないだろ? やだよ、掃除くらいはまだいいけど、メシの世話ったら毎日来て、明るいうちはずっとここにいるってことだろ? 絶対にいやだからね!」
「じゃあ、ターニャがちょこっと来て作るくらいならいいか? よく知ってるんだし」
ターニャとはジー・デヴィールの事務所でロニーの片腕を務めている、プロの調理師並みに料理の巧い女性社員である。
「だめだよ、絶対だめ。ターニャ、新婚さんだよ? 仕事だって忙しいはずだし、余計な負担かけられるわけないでしょ」
「じゃあ……やっぱり食いに出るか」
どうあっても自炊する気がなさそうなルカに、テディはすぅっと冷えたように表情を無にし、ふいと背を向けた。
「……わかった。もうルカなんか当てにしない。レストランでもどこでもひとりで行ってきなよ。俺もちょっと行ってくる」
そう聞いて、やっとルカはタイムライフチェアをくるりと回し、テディに向いた。
「行くってどこへ?」
「ユーリんちだよ。前も少し教わったけど、もう一回ユーリにいろいろ料理、教えてもらってくる。しばらく帰らないから」
「待て待て待て」
慌てて椅子から立ちあがり、ルカは部屋を出ようとするテディの腕を掴んだ。「わかった。……悪かったよテディ、一緒に買い物に行って料理しよう」
不審げに振り返り、テディはルカを睨んだ。
「……ほんとに? やってもどうせまた、三日ほどだけだろ?」
「ほんとだって! 車を出してマークス&スペンサーまで買い物に行って、冷蔵庫をいっぱいにして、ちゃんと旨いものを作ろう。今日はスーパーだけど、春になったらナープラフカのマーケットにも行こう。約束する。な? だから機嫌直せって」
しばらくテディは無表情に、じっとルカの顔を見つめていたが――ふっと頬を緩め、くすっと笑った。
「……俺、うちで食べたいっていうより、いろんなことをルカと一緒にやりたいんだ。ただ同じ部屋で過ごしてるだけで、別々なことしてるのってつまんないよ。下手でも一緒に料理してみたり、文句云いながらでも掃除したりするほうが楽しいじゃない。ルカが面倒臭がりなのはわかってるけど……俺、そういうのがしたいんだよ」
一緒にと云われ、ルカは愛おしげにテディを見つめた。
「……うん、そうだな。一緒に、ちゃんとやろう。家族だもんな」
見つめあって頷き、キスをしてぎゅっと抱きしめあう。
そして、ふと視線を落とし――ルカは背中にまわした手の人差し指で、とん、とん、とテディを叩いた。
「まあでも、おまえも大概口だけではあるよな。相変わらずソックスがそのへんに脱ぎっぱなしで、拾いもしないし」
何故かソファの足許に落ちている、丸まったソックスを見てルカが云うと、テディも負けじと返す。
「んー、人間、そうはなかなか変わらないからね。俺も、今の返事が満点だったからゆるしてあげたけど、どうせルカはまたすぐに面倒臭いって云いだすって思ってるしね」
少し離れ、素っ惚けた表情でお互いの顔を見る。それがまたおかしくて、ふたりは同時にぷっと吹きだしてしまった。まったく、と首を振りながらルカはPCをスリープにする。
「ま、とりあえず今日のところは買い物に行くか。ほら、気が変わらないうちに出るぞ」
上着を羽織って出る支度をし、ルカが車のキーを指に引っ掛ける。すると、それをテディが奪い取った。
「俺に運転させてよ。そうすればルカ、面倒なことがひとつ減るだろ?」
そういえばあの車はふたりの、うちの車だ、なんて云ったなあと、ルカは快く頷いた。
「ああ、頼むよ。安全運転で――」
云いかけて、ふと気づく。靴を履き、エントランスを出てテディがなんだか嬉しそうにキーを眺めながら玩ぶのを見て、ルカは尋ねた。
「……なあ、おまえ……最後に車の運転したのって、いつ?」
「え? えーっと」
楽しげに笑みを浮かべながら、テディは答えた。「チェコの免許証は切り替えだけで済んだから……ロンドンの教習所で試験受けるのに運転したっきり、ハンドルには触ってないかも」
「はぁ!?」
――IDとして持ち歩くのにあったほうがいいと、十年間更新不要のイギリスの運転免許証をテディが取得したのは十七歳、八年近く前のことである。
鼻歌まじりに歩きだしたテディに、ルカは「ちょっと待て、おい、キーを返せ……!」と、蒼い顔で手を伸ばした。
ふたりのためにと選んだ真っ白な、BMW・650iカブリオレ。
その後、ついた擦り傷を撫で摩りながら、もういろいろ面倒臭がったりしないでちゃんとやろう、特に、車の運転は……と、ルカは今度こそ本気で猛反省したが――
それが何日続いたのかは、ふたりしか知らない。
- THE END -
𝖹𝖾𝖾𝖣𝖾𝗏𝖾𝖾𝗅 𝗌𝖾𝗋𝗂𝖾𝗌 #𝟧 "𝖳𝗁𝖾 𝖬𝗎𝗋𝖽𝖾𝗋 𝗂𝗇 𝖪𝖺𝗋𝗅𝗈𝗏𝗒 𝖵𝖺𝗋𝗒 [𝖱𝖾𝗐𝗋𝗂𝗍𝖾 𝖾𝖽𝗂𝗍𝗂𝗈𝗇]"
© 𝟤𝟢𝟤𝟦 𝖪𝖠𝖱𝖠𝖲𝖴𝖬𝖠 𝖢𝗁𝗂𝗓𝗎𝗋𝗎
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