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9-1.グングニルの槍
◇
進むにつれて辺りは夜に包まれて、さらに雪が降り積もった。
トールは一度馬を止め、幌馬車の車輪にソリのような部材を取り付けている。すでにヨトの領土に入っていて、ここからさらに雪が深くなるのだそうだ。
トールが先へ進む支度を整える間、ロキは幌から外に降り立った。
道には蹄やソリが轍を作っているが、一歩脇にそれれば新雪が柔らかく積もっていた。ロキは恐る恐る近づいて、その雪を掴み上げてみる。
キュッと音が鳴る。冷たい粒だが、砂とも氷とも違う。ロキにとって初めての雪だった。
「ロキ見て見て!」
振り返ると、さらに新雪の奥までフェンが入り込んでいる。帽子や上着はすでに雪で真っ白だ。フェンが指差す先には、自らがつけたらしい人の倒れたような跡があった。
「すっごい柔らかい! 倒れても痛くない!」
ロキは大きく膝を持ち上げ、深い雪を進んだ。フェンの隣まで歩み寄ると、彼がつけたらしい人形の隣に背中からバサリと倒れてみる。
粉雪が舞い上がり、体が雪に埋まっていく。痛みはないがベッドの上に寝転がるのとはまた違った不思議な感覚だ。
ロキは起き上がり振り返る。自分の形にできた窪みがフェンの窪みと並んでいた。
フェンがどこかから小枝や石を持ってきて顔のあたりに並べている。
「おい、こら、おれはそんなに不細工じゃないぞ!」
ロキは言いながら、自らも近くにあった枯れ木から枝をもぎ取った。回り込んでフェンが倒れた跡に顔をつけてやる。
「へへっ、みて! こうしたら手繋いでるみたいだよ!」
無理やり二人の間をほじくって繋げたフェンが、寒さのせいか頬と鼻を赤くしながら白い息を吐いて笑った。
ロキはフンと笑って誤魔化すと、フェンの帽子をふいと取り上げ、人形の頭のところに投げ置いた。
「あ! ちょっとやめてよ!」
「うわっ! こら! 掴むな! 転ぶって!」
二人で雪の上を取っ組み合って転げ回ったり、雪玉を投げ合ったりして、じゃれあっていると、向こうからトールが呼びにきた。
「こらこら、あんまり騒がないでくれ、もうここはヨトの領土だと言っただろ?」
トールは少し呆れたように苦笑している。
「雪ははじめてなのか?」
「初めて!」
「ミッドガルドには降らないから!」
ロキとフェンはトールの質問に興奮気味に口々に答えた。
「まあ、初めてならはしゃぐ気持ちもわかるが、もう馬車に戻ってくれ」
そう言ったトールはすこし落ち着かない様子だった。
ロキとフェンは大人しく彼の指示に従い、雪を払って馬車に戻った。
「実は、俺たちとヨト族はあまり良好な関係ではない」
また馬を歩かせてしばらくしてから、御者台の上でトールが口を開いた。俺たちというのは、トールとトールの主人ということだろうか。
「え? 仲悪いってこと? それなのに、中心部まで行って平気なのか?」
ロキが聞くと、トールは苦笑した。
「仕方ないさ、主人が《《落とし物》》をしたのがそこだからね」
トールはそう言って肩をすくめて見せた。
なかなか厄介な主人のようだ。
「馬車は少し離れたところに停める。おまえたちはそこで待っていてくれ。用事を手早く済ませるから、すぐにヴァルハラを目指そう」
そう言ったトールの言葉にロキは頷いた。
そこからまたしばらく馬車は山沿いの雪道を進んだ。
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