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19-3.
フレイは両手で目元や鼻をこすりながらしゃくり上げている。
「フェ、グスッ……フェンが、昨日……グスッ
……ロキが泣いてたって……て、ヒック……きっとオーディンに、意地悪されたんだって……怒って……」
犬の姿のフェンは嗅覚や聴覚が鋭いのだ。だからきっと少しの距離があってもロキの声が聞こえていたのだ。
「そんな……フェンって、怒ること巨大化するのかっ⁈」
ロキが尋ねると、フレイは大きく首を振った。
「ぼ、僕の……研究中の薬……勝手に飲んで……そ、それでおっきくなって……」
「なんてことだ……」
嘆いたのはトールだ。
「丸呑みならまだ腹を切り裂けば……」
「ふ、ふざけんなよ! そんなことさせない!」
トールに向かってそう言いながら、ロキはフェンを背にして両手を広げた。
しかしトールは、今なお泣きじゃくるフレイを床に下ろすと、今度は腰の剣を抜いた。
「どくんだ、ロキ!」
「嫌だっ!」
ロキは叫んだ。
その直後、背後でどたりと大きな音が鳴り響く。
「フェンッ!」
振り返ったロキはその光景に驚き、転がるようにフェンに走り寄った。
巨大化した白狼が、突然床に倒れ込んでしまったのだ。その体は四肢を伸ばしてビクビクと不自然に震え、口から泡を吹き、目元からはぼろぼろと涙を流していた。
「どうたんだよ! フェン! 苦しいのか⁈」
ロキは震える体を抑えるように、フェンの頬にしがみついた。
「フレイ、どうなってるんだこれ、薬の副作用かっ⁈」
「わ、わからない……っ、でも、今までこんな風には……」
フレイの言葉を遮り、突然、突き抜けるように空気が震えた。
その音に、苦しむフェンリル以外の誰もが一瞬ピタリと動きをとめる。
音は数度にわけて、遠く長く響き渡る。
「今度はなんだ‼︎」
とロキが叫ぶと、トールが中空を眺め、息を飲んだ。
「ギャラホルンだ……」
「はぁっ? ホルン⁈ こんな時に⁈」
誰かがホルンを奏でている。
一体それが何を意味するのか、この場でそれを知らないのは、どうやらロキだけのようだった。
「ヘイムダルの知らせだ……ビフロストが突破された」
トールの声は僅かに震える、その表情は驚愕したかのように眉を寄せている。
「ヘイムダルってだれだよ! ビフロスト……って確か、中層と上層を繋いでる橋だよな……?」
ロキは自らそう言った後で、恐ろしいことに気がついた。ハッと息を止め、その視線を扉の外に向ける。
「巨人族が……蜂起したのか……それって、つまり……」
――神々の黄昏 だ
誰のものかはわからない絶望の混ざった声音が、どこからともなく聞こえた。
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