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0.試作品※

「何ですかこれは!?」  領主の部屋で怒りの声が響いた。  声を上げたのは、ユーイ・シフォンと言う男だ。  一つに纏めた白群の髪は、長く艶やかで、少し目尻が上がった瞳は髪と色をしていて、美しく輝いている。   エルフの血が流れる母に似た、魔族離れした美しい顔立ちをしているが、気位の高さが滲み出ていて少々残念だ。  家が由緒正しき騎士家の次男で、さらには兄は伯爵。家柄だけではなく、ユーイ自身の剣の腕も認められていて、二十歳そこそこにして領主親衛隊隊長に就いていた。  そんな彼は、若き領主カルア・カトラリー公爵に強く詰め寄り物申していた。 「何って新しい親衛隊の服だ。体にとてもフィットして機動性抜群だろ?あと質感も妥協せずに拘り抜いた」  カルアが自慢げに笑みを浮かべる。  この彼は、魔王と従兄弟同士という尊い存在で、この領地フェボルドを代々守る領主の座を、先月父から受け継いだばかり。  これを機に親衛隊の服も一新しようと考え、その試作品の試着を隊長に、と着せた所ユーイが激怒した。 「こんないやらしい服がありますか!」  ますます怒りを膨らませ、バンッ、と白く綺麗な手を力強く机に叩きつける。新しい親衛隊の服というのは実にくだらないものだった。  上着は以前よりも素材の質がよく、高貴さを感じさせる真っ白だ。しかしその下が問題だった。  現状はタイトなズボンだったのに対し、試着する新しい服とは白タイツだった。  おまけに極薄なので、くびれのある細腰から続くふくよかな尻、柔らかそうな太腿、程よく締まった脹脛……魅力的な下肢の形がタイツにくっきりと浮かび上がり、何よりも陰茎がくっきりと形が分かるほどに現れていた。  しかも普通のタイツよりも滑らかな手触りで、その拘りがまた腹が立った。 「こ、こんな痴れたものを……!」  ユーイは顔を真っ赤にしてふるふると震えた。 「まぁまぁ、とても似合っているぞユーイ」 「似合ってたまるかっ!」  また部屋の中に大声が響く。  なんて騒がしいんだ。  手で耳を塞ぎながら、リオリヤ・アッサムは目の前の二人を見る。その赤い目はとても冷ややかで、少々蔑みも含まれていた。  リオリヤは、その昔怪我をして倒れている所をカルアに助けられて、今では側近の魔術士と呼ばれるようになった。  魔族一の魔術士だと、カルアが勝手に謳っていて、自負するつもりはないが、少なくてもこのフェボルドで敵うものはいないのは事実だった。  トレードマークにもなっている、体を覆い隠す重厚感のある、フードが付いた外套は、カルアが特別に誂えたしたものだ  その理由も『ローブよりも見映えが良い』という実にくだらないものだった。  この言い争いもリオリヤにとってはくだらないもので、終わるまで部屋の外に出ていようと片足を引いた時だった。  はぁはぁと息を荒くしたユーイがキッとこちらを睨んで指差した。 「お前も、私がこんな恥ずかしいものを着せられ、衆目の目に晒されようとしているのに何故何も言わない!それでも婚約者か!」  ……しまった、僕まで巻き込まれしまった。  立ち去るよりも早く目をつけられてしまい、リオリヤはため息を吐きながら引いた足を元に戻した。 「……ユーイ、お前はカルアに揶揄われているだけだ。本当にそんな服を採用する訳ないだろう?領主の品位にかかわる。それに本当にやろうものなら、ブチ切れたこいつの父が乗り込んでくる」  カルアの父は品にはうるさい人で、領主を譲って直ぐに何人目かの妻と新婚旅行に出掛けたが、すぐにフェボルドへ戻って来てこんな馬鹿げたことをする息子をぶん殴るのは目に見えていた。  そういうとユーイは「え?」っと瞬き、カルアへと視線を戻す。カルアはニヤニヤとしていて、その言葉が正しいのだと察して顔を真っ赤にさせた。 「カルア様ー!」  机の上に置いてあるものを投げかからんとする勢いに、カルアは立ち上がると逃げるようにリオリヤの元へと行き、耳打ちをした。 「いやぁ、美人の良いものが見れた」 「どこのスケベジジイなんだお前は」 「良いだろ?お前は好きなだけ堪能出来るが俺はこうでもしないと拝めねぇんだから。あぁ少し出てくる……おっ始める前にはちゃんと鍵をかけろよ?」  リオリヤの肩を二度軽く叩くと、カルアは部屋から出て行った。  カルアは昔から仕事を放り投げて城を抜け出しては街に女を引っ掛けに行っていた──金色の髪と碧い瞳は女からウケがいいとよく語っていた。  その遊び癖は領主になってからも変わらず、今まさに体よく口実を作って逃げれられた気がする。  はぁ、と二度目のため息を吐くと、マントの中で指を軽く動かす。するとカルアが去っていった方向から、カチャ……と小さな音が鳴った。  その音が鳴ると共に、リオリヤはその赤い目でユーイを見据えた。

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