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19.侵入者

 もったいぶって開いた扉の先は、今までと景色が全く違っていた。  石を組んだ壁と床に装飾がされただけだったものが、つるつるに磨き上げられた石材に変わっている。明かりも松明じゃなくて光る石になっていて、天井にびっしり埋め込まれているからやけに明るい。遺跡の奥の方なのに、今まで通ってきた通路よりも明るいようにすら思える。  あれは魔法石とかいう貴重なもののはずだ。さすが聖地、これでもかってくらい贅沢に使われている。    そんな通路をイチェストについてしばらく歩いていると、やけにゴテゴテした装飾で周囲の雰囲気から浮いている扉が見えてきた。光る石もやたらと埋め込まれてぎらつくように光っている。  「こ、ここが一番奥です」  先頭を歩いていたイチェストは立ち止まり振り返った。その顔は明らかに引きつっている。  多分、その原因は目の前の扉。埋め込まれた石が光っているお陰で、少しだけ開いてるのが離れていても分かる。  そして。 「魔力を持った奴の気配がする」  リレイの一言がとどめを刺した。  引き攣った顔のままイチェストが固まって、しーんとこの場に沈黙が落ちて。しばらくすると、すうっと野望潰えた男が大きく天を仰いで息を吸い込んだ。   「はーっ……くそーっ俺の楽々出張返せーっ!」  そう叫びながら、イチェストは勢いよく扉を開ける。  扉の向こうは広間になっていて、祭壇らしき台が奥に置かれていた。そしてその前に謎の人物が立っている。突然響いた大声に驚くこともなく、ハーファ達の動きを探っているのか少しも動かない。  ……パッと見る限りは人間に見える。剣と鎧を身につけた剣士に。  少し違和感があるのは冒険者よりも神官兵に近い服を着ていることだ。聖典の光十字と呼ばれる神殿の紋章が鎧にも服にも見当たらないから、どうやら関係者ではなはそうだけれど。 「な……に? どうして」  気配を探ろうと【眼】を開きかけた所に、リレイの声が聞こえた。ちらりと相棒を盗み見ると、少しの動揺が伝わってくる。  すると向こうもリレイを見て目を丸くしたように見えた。 「……お前、トール……か」  低く呟かれた声は知らない人間の名前を呼んだ。  けれどリレイは何も言わない。人違いのはずなのに否定をしない。ただ真っ直ぐに目の前の侵入者を見つめている。 「何言ってんだ、コイツは――」  少し様子の変な相棒に戸惑いながらも、前に出た。    どちらにせよ侵入者は捕まえて突き出さないといけない。こっちが引き込んだと思われると、神殿から後々何を言われるか分からないから。  攻撃をしようと僅かに姿勢を変えた瞬間、リレイの手がハーファを後ろへ追いやった。 「ワース……?」 「え。リレ、イ……?」  謎の人物に向かってリレイは名前らしきものを呟く。するとそれに応えるように向こうが小さく頷いた。  困惑した表情の相棒は見知らぬ男をじっと見つめている。隣にいるハーファには目もくれずに、ただ前を見据えて。その姿にじわりじわりと焦りのような違和感が膨らんできて、謎の人物への警戒も忘れて相棒から目が離せなくなってしまった。 「ワース! お前何やってる……どうして神殿の聖地に入り込んだりしているんだ!」  張り上げられるリレイの声。知らない人間に対するものとは明らかに違う、どこか気安さを含んだ声音。 「調査だ」 「お前のは不法侵入っていうんだ。許可もなしに神殿に入っていい筋合いが何処にある」 「近々、国家連合の魔物掃討が計画されている。事前調査でこの地下に大型が居るという予測が立ち、実地調査を国から神殿へ申し入れた」  淡々とだけれど、真剣な雰囲気。そんな二人の会話には部外者の入る隙間がない。もやもやとした気持ちを抱えながらも、ハーファにはその流れを見守ることしかできなかった。  つまるところ、謎の人物は遺跡に大型の魔物が居る可能性があるから、秘匿調査って特例で調査に来たらしい。  確かに、街の近くにある遺跡でそんなもんが居るなんて分かったら一大事だけれど。 「いやいや、ここは神殿の管理下、それも聖地なんで。よりによってここに大型なんて」  まるでハーファの言葉を代弁したようなセリフがイチェストから聞こえてくる。人里離れた場所ならいざ知らず、この遺跡は行こうと思えばすぐ行ける場所。しかも大事にされてる遺跡で魔物が放置なんかされるだろうか。  何かの間違いじゃないのかと思っていたけれど、その思考を否定するように地面が揺れ始めた。 「……え……何この揺れ……」  笑っていたイチェストの顔があっという間に強ばっていく。  地鳴りのような揺れに混ざる、何かが這うような音。どんどんその音は大きくなって、その音量から考えるとかなりの大きさのものが近付いてきているように感じる。 「来たぞ。……今季はここが塒だそうだ」  そう呟いた謎の男は剣を鞘から抜き放った。同時に壁をぶち破って何かが中へ飛び込んでくる。  ゆらりと姿を現したそいつは、大蛇の姿をした魔物だった。  広間に入りきらないほど巨大な魔物は、ぎらぎらと光を反射する鱗に覆われている。赤い目がぎょろぎょろと部屋を見渡して、獲物だと認識したのか視線をハーファ達に向けた。    地中の大蛇、グランヴァイパー。  鉱物で出来たような輝きと固さを誇る鱗を持ち、日の当たらない地下に潜む蛇の魔物。大きな牙には獲物を麻痺させる毒が仕込まれていて、噛みついて動けなくなった獲物をくびり殺してから食べる。  死体まで貪欲に襲うそいつは、洞窟内で救援を待っていた瀕死状態の冒険者を全滅させる大惨事を引き起こしたらしい。その事件がきっかけでダンジョンの掃除屋と恐れられるようになり、洞窟や地下に潜る冒険者へ万一の時の帰還アイテムが無償支給されるようになったと聞いた。  ……だけどそんな奴が遺跡に住み着いていたら、流石に分かりそうなものだけれど。  そんなハーファの疑問を察したかのように、リレイがへぇ、と小さく呟いた。 「回遊性だったのか。ずいぶんな大きさだが……聖地の結界も協定の掃討作戦もガバガバだな」  回遊性――特定のエリアではなく、一定の周期で移動しながら生活する性質を持つ魔物のことだ。他の場所で巨大化した個体の移動先になってしまったのが、たまたまこの遺跡だったという事なのだろう。  ますますイチェストの運の悪さが光る展開になってきた。    そんな話をしている間に、大蛇が鎌首をもたげる。一体何年生きてきた魔物なんだろう、持ち上げた頭が高い天井に届いても全身がまだ見えない。大きな魔物だとは確かに聞いていたけれど、ここまで大きくなるとは知らなかった。  シューッという大蛇の威嚇音が聞こえてきて、杖を抜いたリレイと同時に身構える。 「ヌシ級の魔物って……う……嘘だろ……」  イチェストは一人でブツブツ呟いているけれど、それに構っている余裕はない。もたげた鎌首が大きくしなって、大きな口がハーファ達に向かって大きく開かれた。  蛇の魔物がよくする攻撃動作――戦闘開始の合図だ。  距離を詰めるべく飛び出そうと足に力を入れた、その瞬間。       「……聖地を塒なんかにすんな馬鹿野郎――っ! 俺の出張休暇を返せぇぇぇ――!!」      意味不明なイチェストの怒声が広間全体に響いて、踏み切るタイミングを見失った。  この状況でいう事がそれかよと振り返ると、急に体が暖かく、軽くなっていく。リレイに支援魔法をかけて貰った時のような感覚。怒るのか支援魔法かけるのかどっちかにしろよ。 「絶対逃がさないからな……! いくぞハーファ!!」 「えっ!? ……お、おう!」  半ば睨みつけるような鬼気迫る顔を向けられたハーファは、その圧力で追い立てられるように駆け出した。

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