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プロローグ

「おめでとうございます」 「……?」  病院の一室で医師から告げられた言葉を、瞬時に理解することはできず、無表情のままゆっくりと首を傾げた。  そんな僕の様子を見て、先生はふわりと優しく微笑むと、再び口を開いた。 「佐久月歌(さくるか)さん、妊娠されていますよ。あなたのお腹の中には、新しい命が宿っています」  やさしく伝えられた言葉を、僕はゆっくりと噛み砕いた。  新しい……命……。 「ほんと……に?」  まだ信じられなくて、口から漏れた言葉に、先生はもう一度ニッコリと笑って、大きく頷いた。 「僕たちの……赤ちゃん……」  まだなんの変化もないペタンとしたお腹をそっと撫でてみる。  まだこの世に誕生したばかりの命はあまりにも小さすぎて、外から触れたくらいではなんの反応もないけれど、じわりと温かくなった気がした。 「これからの話もあるので、隣の部屋に移動しましょう」  看護師さんは僕の肩に優しく手を置くと、立ち上がるように促した。  早く、星司(せいじ)くんに伝えたいな。  僕は胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。  本当なら、今日いっしょに来るはずだった僕の旦那様は、どうしても外せない急な仕事が入ってしまった。  一人で大丈夫かと何度も聞かれたけど、お守りを持っているから大丈夫と伝えた。  僕のお守りは、今手の中にある、ペンダントだ。中には星司くんと二人で撮った写真が入っている。  いつも星司くんが守ってくれるような気がして、肌身離さず大切に持っているんだ。 「月歌!」  廊下に出たところで、向こうから僕の旦那様が、息を切らして走ってきた。 「星司くん……。お仕事は?」 「だい、じょうぶだ。……あとは、任せて来た」  僕の前まで来た星司くんは、ゼエゼエと荒く息をしながら、僕の問いかけに答えた。  星司くんが仕事を途中で放り投げるなんてことは、絶対にない。だから、本当に大丈夫な状態にしてから、急いできてくれたんだと思う。 「それ、で……結果は……っ」  息を整えながら、今一番聞きたいだろう言葉を口にした。  普段は冷静沈着な星司くんが、ちょっと焦ってるのが珍しくて、僕はふふふっと笑みを漏らした。 「家族が、増えるって」  ペタンとしたお腹を優しく撫でながら告げると、星司くんの顔がぱっと明るくなった。 「ほんとかっ?!」 「うん。……僕たちの赤ちゃんが、ここにやってきてくれたんだ……」  こうやって星司くんに伝えられたことで、じわりじわりと実感が湧いてきた。  星司くんは、感極まった様子でその先の言葉を言えずにいたけど、黙ったままで僕のお腹をそっと撫でてくれた。  そして僕とお腹の中の赤ちゃんをふわりと優しく包み込むと、「ありがとう」と、声を震わせて言った。  病院からの帰り道、僕たちは幸せいっぱいの中、色々な話をした。  性別はどっちだろう? いやどっちでも元気で生まれてくれたらそれだけでいい。  名前は何にしよう。男の子でも女の子でも良いように、両方の名前を考えなきゃね。  使ってない部屋があるから、あそこを子供部屋にしよう。でもしばらくは、親子三人で川の字になって寝たいな。 「年頃になって、お父さん近寄らないでって言われたら……」  運転中だったし、僕が楽しそうに話をするのを、ずっとニコニコして聞いていた星司くんが、唐突に言葉を発した。 「え?」 「だって、よく言うだろ。思春期の女の子は、父親を避けるって」  前を向いたままの星司くんの横顔を見ると、眉と口元を困ったように歪ませていた。 「ふふふ。まだ女の子と決まったわけじゃないし、女の子だったとしても、僕たちの愛情をたくさん受けて育つ子なら、大丈夫だよ」 「そうかな」 「うん、大丈夫」  僕は、まだ不安そうな星司くんには申し訳ないけど、今の星司くんのほうが人間らしくて好きだなと思って、クスクスと笑ってしまった。  こんな幸せな時間を過ごせるのも、僕の唯一の友達、由比麻琴(ゆいまこと)くんと、その恋人の森島蒼人(もりじまあおと)くんがいたからだ。  でも、彼らに合わせる顔なんてない。それでも、僕たちは君たちのおかげで、小さな幸せを見つけて過ごしていますって、伝えたい。  あの時僕たちに情けをかけてくれたから、今の僕たちがある。そして、新しい命を授かることができたって報告したい。  できることなら、ちゃんと目を合わせて謝らせて欲しい。そして、生まれた我が子を、抱っこして欲しい。  そんな僕の願いは、きっと叶うことはないと思うのに、願わずにはいられない。  僕たちは、由比くんたちに酷いことをしてしまった。罪には問われなかったけど、由比くんたちと接触禁止例が出されてしまった。それだけのことをしたのだから当然だ。  だから僕たちは、由比くんたちの住む場所から遠く離れた小さな街で、ひっそりと静かに暮らしている。   「由比くんと森島くんに、この子のこと、伝えられたら良かったのにな……」  ぼそっと小さく呟いた僕の言葉に、星司くんは「そうだな……」と、消え入りそうな声で応えた。

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