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プロローグ

「オレ、告白されたんだ」 「えっ?」  ゴールデンウィーク明けのバカみたいに忙しい一週間を乗り切り、なんとかたどり着いた週末。  生まれて初めての出来事について相談したくて、中学時代からの友人を呼び出した。 「誰に? おれの知ってる人? どんな人? 何歳?」 「おい、麻琴(まこと)。畳み掛けるように質問するな。ちゃんと太陽(たいよう)の話を聞け」  目をキラキラさせて、期待の眼差しでオレを見つめるのは、中学からの親友の森島麻琴(もりじままこと)。それを制して大人しくさせようとしているのが、同じく中学からの親友で麻琴の夫の森島蒼人(もりじまあおと)。  オレたちは、卒業後も頻繁に連絡を取り合う仲間だ。 「先月から実習に来てるやつなんだけど」 「実習って、学生? え、年下じゃん! ベータなの? それともアルファとか?」 「こら、麻琴」  蒼人は、身を乗り出す麻琴を捕まえると、自分の膝の上に座らせ優しく抱きしめた。  そんな二人の様子を見て、オレは相変わらずだなぁと、嬉しくなった。  今は夫夫(ふうふ)だし、自然な行動かもしれないけど、こいつらは中学の時……付き合っていないうちから、距離感がバグっていた。  けど、こんな光景は羨ましくもあり、いつかオレにもそんな相手が現れるのかな? なんて考えた時期もあった。  なのに気付けばもう32歳。オメガなら結婚適齢期を意識する頃。  ……まぁ、オレはベータだからそんなことも考えずに、のんびり生きてきたんだけど。  そんなオレの毎日が大きく変化したのは、桜の花がほとんど散り、若葉が芽吹き始めた4月なかばのことだった。 ◇ 「あ、太陽くん、ちょっと」 「はい」 「今度実習生が来るから、色々と教えてあげて欲しいんだ」 「実習生なんて久しぶりですね」 「後輩から頼まれちゃってね。優秀なアルファの子だから、そんなに気負わなくても大丈夫だと思うよ」 「わかりました。任せてください」 「うん、頼りにしてるよ」  数日前、院長に呼び止められたオレは、実習生の面倒を見るようにと頼まれた。  オレの勤める「春岡クリニック」はバース専門病院で、軽い風邪の治療からマッチング相談、オメガのシェルターなど、アルファとオメガについて幅広く対応している。  ベータのオレがバース専門看護師を目指そうと思ったのは、中学生の頃に出会った麻琴と蒼人の影響だ。あいつらを見ていたら、第二の性について、もっと深く知りたいと思ったんだ。  それでもやっぱり、オレはベータ。どれだけ寄り添っても、本当の気持ちをわかってやれない。  けど、ベータのオレだからこそできることがあると信じ、日々頑張って働いている。  色々と大変なことはあるけど、まぁ、穏やかに日々は過ぎていたんだ。  ――あいつがこのクリニックに来るまでは。 「今宮凛太郎(いまみやりんたろう)です。よろしくお願いします」  爽やかイケメンというのは、こういう奴のことを言うんだろうな。  平凡な顔立ちのベータのオレは、少し妬ましい気持ちを抱えつつ、目の前で笑顔を振り撒くイケメン実習生を眺めた。 「凛太郎くん、よろしくね。……今日から君のお世話をするのは、天間太陽(てんまたいよう)くん」 「天間太陽です。一緒に働くのを楽しみにしていたよ。よろしくね」  春岡先生からの紹介を受け、オレは一歩前に踏み出すと、手を差し出した。  爽やかイケメンが羨ましいのも、一緒に働くのを楽しみにしていたと言うのも本音だ。  本来実習というのは、大学が連携している総合病院で行うことが多い。けど、バース科という特殊な実習は、学校指定外の病院で行うことも可能とされている。  オレも、ここ、春岡クリニックの実習でお世話になったのが縁で、働き始めて十年が過ぎた。   「太陽さん! よろしくお願いします!」  凛太郎は、差し出したオレの手を両手で包み込むと、さらにぐいっと距離を詰めた。  え? なんだこの距離感は?  違和感を少し覚えたものの、オレは包容力のある先輩だとアピールするように、にっこりと優しく微笑んだ。 「じゃあ、とりあえず先に着替えようか。更衣室に案内するからついてきて」 「やっと会えましたね!」 「……え?」  さらに拳ひとつ分の距離まで顔を近づけた凛太郎は、唐突に変なことを言い出した。  案内するからついてくるように言っただけなのに、噛み合わない反応にオレは首を捻った。  やっと会えましたね……?  まるで以前にも会ったことのあるような口ぶりに、記憶の糸を辿ってみたものの、どうしても思い出せない。もしかして人違いをしているのだろうか。   「おい、ちょっと近いんじゃないか? んでさぁ、オレたち初対面だよな? 誰か他の人と勘違いしてないか?」 「一緒に働ける日をどんなに待ち望んだか!」  凛太郎の思い違いだと訴えているのに、こいつはさっきから全く人の話を聞かない。  こうなると何を言っても無駄だろうと悟ったオレは、凛太郎の肩を掴むと、ぐっと距離を取った。  こんなやりとりをしている時間はない。  とにかく任務を遂行しようと、その場を離れ更衣室に向かおうとした。  けど――。 「好きです、太陽さん!」  目の前の笑顔がますます輝いたかと思うと、オレは突然、凛太郎に思い切り抱きしめられていた。

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