149 / 157
12 プリン
バッグの中からメモとペンを取り出し、サラサラとペンを走らせた。
これでよしと。
オレは、春岡先生から預かった袋とメモを置き、そっと部屋を出ようとした。
「あ、太陽 さん! 僕、用事ができてしまって、戻らなくちゃいけなくなったんです。申し訳ないんですけど、凛太郎 くんのそばにいてあげてくれませんか? さっきはあんなに元気でしたけど、熱はまだ高いんです」
「え? まだ熱あるのか?」
「そうなんです。なのに無理して起きてきちゃって。ちゃんと寝てるように伝えてくださいね」
詩音 くんは、慌てた様子でそう言うと、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。
なんだ、元気そうだったから熱も下がったのかと思っていたのに。
オレは、凛太郎の様子を見るために、部屋に入らせてもらうことにした。
コンコンと軽くノックしてみるけど、返事はない。カチャリとドアノブを回し、静かにドアを開けた。
整頓された部屋の窓側に置かれたベッドで、凛太郎は横になっていた。
オレは起こさないように近づくと、凛太郎の様子を注意深く見た。熱でつらそうな様子もなく、一定のリズムで静かな寝息を立てている。
よかった、これなら大丈夫かな。
オレは、そっと額に手を当てた。
「んっ……」
「あ、悪い……起こしちゃったか」
オレが手を当てたそのタイミングで、凛太郎は小さな吐息を吐き、ゆっくりと目を開けた。
「あれ……太陽……さん?」
「調子はどうだ?」
「ん……大丈夫です」
まだ寝ぼけているのか、夢うつつといった様子でオレの方を見て、額に当てた手を力無く握りしめた。
「太陽さんの手、冷たくて……気持ちいいです……」
「それは、お前が熱があるからだろ。もう少し寝てろ」
「そんな……もったいないです。せっかく太陽さんが、こんな近くにいてくれるのに。……あ、そういえば、詩音は?」
凛太郎はオレと会話しているからか、意識がはっきりしてきたようで、さっきまでいたはずの詩音くんのことを聞いてきた。
「詩音くんは、急に用事ができたから、オレに凛太郎を見ていてと頼んで出かけて行ったよ」
「そうですか。では今は、太陽さんと2人きりなんですね」
凛太郎はそう言ってゆっくりとベッドから起き上がった。
「おい、寝てろって」
「大丈夫です、太陽さんも知ってるでしょ? アルファは頑丈にできてるんですよ」
「それ、前にも言ってたけどさ、アルファだってただの人間だ。休む時はちゃんと休め」
「ふふ。第二の性で差別しないのは、太陽さんらしいです」
「そうだな。第二の性を理由にするのは、あまり好きじゃないな。……そうだ、プリン買ってきたけど、食べるか?」
熱があっても食べられそうなもの……と考えた時、オレの親が子どもの頃によく作ってくれたプリンを思い出した。卵製品だから、栄養も摂れる。
だから、発熱の原因はわからないけど、プリンを買ってくれば間違いないだろうとオレは思っているんだ。
「食べます! 僕、プリン大好きなんです」
「そうか、それは良かった。今持ってくるから待ってろ」
そう言って、オレはプリンの入った袋が置いてある部屋に戻った。
「太陽さん、食べさせてください」
「は? さすがに1人で食べられるだろう?」
「嫌です。太陽さんに食べさせてもらいたいんです」
「何子どもみたいなわがまま言ってんだよ」
「僕だって……たまには甘えたいんです」
凛太郎はオレから視線を外し、窓の外を見た。
優秀なアルファの家系に生まれ育った凛太郎は、ずっとアルファという重圧に耐えてきたのだろうか。
オレの計り知れることではないし、凛太郎がそう言ったわけじゃない。けど、なぜかそう感じたんだ。
だから、こういう時くらい、素直に甘やかしてやってもいいのかもしれない。
オレは、プリンを開け、スプーンで一口分すくった。
「ほら、凛太郎」
オレの声に少しびっくりしたように振り向くと、スプーンを差し出すオレと目が合った。
一瞬戸惑ったあと、ニコッと満面の笑みを浮かべ、雛鳥のように大きく口を開けた。
「うん、美味しいです。太陽さんに食べさせてもらったから、何倍も美味しいです」
「ふっ、大げさだな」
「好きな人に、プリンをあーんしてもらえるなんて、こんな幸せなことはないです」
凛太郎の言葉は、悪い気はしないがちょっと複雑な気持ちだ。
実習初日の言葉の意味を、改めてちゃんと伝えたいと凛太郎は言っていた。それ以降も、オレのことが「好き」という言葉や気持ちを隠しもなく伝えてくれた。
でも、凛太郎にはあんなに可愛い婚約者がいることが分かった。
だから凛太郎の言葉は、恋愛的な意味ではなかったんだ。
オレの勝手な勘違いで、1人でドキドキして、自分の気持ちと向き合うなんて言ってしまった。
けど、いつかはちゃんと話をしないといけないな……。
プリンを食べ終わり、もう一度ベッドに寝かせると、凛太郎の手を握った。
「詩音くんが帰ってくるまでそばにいるから、ゆっくり休んで」
「このまま、詩音は戻って来なくても良いのに……」
凛太郎の言葉に『何言ってんだよ、詩音くんは婚約者だろ?』と言いそうになったオレは、その言葉をグッと飲み込んだ。
この話をするのは、凛太郎が全快してからだ。
眠りませんと言っていた凛太郎だけど、まだ熱があるからなのかうとうととし始め、いつの間にか夢の中に再び吸い込まれていた。
ともだちにシェアしよう!

