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12 プリン

 バッグの中からメモとペンを取り出し、サラサラとペンを走らせた。  これでよしと。  オレは、春岡先生から預かった袋とメモを置き、そっと部屋を出ようとした。 「あ、太陽(たいよう)さん! 僕、用事ができてしまって、戻らなくちゃいけなくなったんです。申し訳ないんですけど、凛太郎(りんたろう)くんのそばにいてあげてくれませんか? さっきはあんなに元気でしたけど、熱はまだ高いんです」 「え? まだ熱あるのか?」 「そうなんです。なのに無理して起きてきちゃって。ちゃんと寝てるように伝えてくださいね」  詩音(しおん)くんは、慌てた様子でそう言うと、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。  なんだ、元気そうだったから熱も下がったのかと思っていたのに。  オレは、凛太郎の様子を見るために、部屋に入らせてもらうことにした。  コンコンと軽くノックしてみるけど、返事はない。カチャリとドアノブを回し、静かにドアを開けた。  整頓された部屋の窓側に置かれたベッドで、凛太郎は横になっていた。  オレは起こさないように近づくと、凛太郎の様子を注意深く見た。熱でつらそうな様子もなく、一定のリズムで静かな寝息を立てている。  よかった、これなら大丈夫かな。  オレは、そっと額に手を当てた。 「んっ……」 「あ、悪い……起こしちゃったか」  オレが手を当てたそのタイミングで、凛太郎は小さな吐息を吐き、ゆっくりと目を開けた。 「あれ……太陽……さん?」 「調子はどうだ?」 「ん……大丈夫です」  まだ寝ぼけているのか、夢うつつといった様子でオレの方を見て、額に当てた手を力無く握りしめた。 「太陽さんの手、冷たくて……気持ちいいです……」 「それは、お前が熱があるからだろ。もう少し寝てろ」 「そんな……もったいないです。せっかく太陽さんが、こんな近くにいてくれるのに。……あ、そういえば、詩音は?」  凛太郎はオレと会話しているからか、意識がはっきりしてきたようで、さっきまでいたはずの詩音くんのことを聞いてきた。 「詩音くんは、急に用事ができたから、オレに凛太郎を見ていてと頼んで出かけて行ったよ」 「そうですか。では今は、太陽さんと2人きりなんですね」  凛太郎はそう言ってゆっくりとベッドから起き上がった。 「おい、寝てろって」 「大丈夫です、太陽さんも知ってるでしょ? アルファは頑丈にできてるんですよ」 「それ、前にも言ってたけどさ、アルファだってただの人間だ。休む時はちゃんと休め」 「ふふ。第二の性で差別しないのは、太陽さんらしいです」 「そうだな。第二の性を理由にするのは、あまり好きじゃないな。……そうだ、プリン買ってきたけど、食べるか?」  熱があっても食べられそうなもの……と考えた時、オレの親が子どもの頃によく作ってくれたプリンを思い出した。卵製品だから、栄養も摂れる。  だから、発熱の原因はわからないけど、プリンを買ってくれば間違いないだろうとオレは思っているんだ。 「食べます! 僕、プリン大好きなんです」 「そうか、それは良かった。今持ってくるから待ってろ」  そう言って、オレはプリンの入った袋が置いてある部屋に戻った。 「太陽さん、食べさせてください」 「は? さすがに1人で食べられるだろう?」 「嫌です。太陽さんに食べさせてもらいたいんです」 「何子どもみたいなわがまま言ってんだよ」 「僕だって……たまには甘えたいんです」  凛太郎はオレから視線を外し、窓の外を見た。  優秀なアルファの家系に生まれ育った凛太郎は、ずっとアルファという重圧に耐えてきたのだろうか。  オレの計り知れることではないし、凛太郎がそう言ったわけじゃない。けど、なぜかそう感じたんだ。  だから、こういう時くらい、素直に甘やかしてやってもいいのかもしれない。  オレは、プリンを開け、スプーンで一口分すくった。 「ほら、凛太郎」  オレの声に少しびっくりしたように振り向くと、スプーンを差し出すオレと目が合った。  一瞬戸惑ったあと、ニコッと満面の笑みを浮かべ、雛鳥のように大きく口を開けた。 「うん、美味しいです。太陽さんに食べさせてもらったから、何倍も美味しいです」 「ふっ、大げさだな」 「好きな人に、プリンをあーんしてもらえるなんて、こんな幸せなことはないです」  凛太郎の言葉は、悪い気はしないがちょっと複雑な気持ちだ。  実習初日の言葉の意味を、改めてちゃんと伝えたいと凛太郎は言っていた。それ以降も、オレのことが「好き」という言葉や気持ちを隠しもなく伝えてくれた。  でも、凛太郎にはあんなに可愛い婚約者がいることが分かった。  だから凛太郎の言葉は、恋愛的な意味ではなかったんだ。  オレの勝手な勘違いで、1人でドキドキして、自分の気持ちと向き合うなんて言ってしまった。  けど、いつかはちゃんと話をしないといけないな……。    プリンを食べ終わり、もう一度ベッドに寝かせると、凛太郎の手を握った。 「詩音くんが帰ってくるまでそばにいるから、ゆっくり休んで」 「このまま、詩音は戻って来なくても良いのに……」  凛太郎の言葉に『何言ってんだよ、詩音くんは婚約者だろ?』と言いそうになったオレは、その言葉をグッと飲み込んだ。  この話をするのは、凛太郎が全快してからだ。  眠りませんと言っていた凛太郎だけど、まだ熱があるからなのかうとうととし始め、いつの間にか夢の中に再び吸い込まれていた。

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