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第1話
ユウ、配達の仕事お疲れさま。
昨日のこと、ちゃんと謝らなくてはいけないと思ったんだけど、きっと顔を合わせたらただ「ごめん」としか言えないだろうから、思い切って手紙を書く。俺らしくもないけど、たまにはいいだろう。
昨日は乱暴なことを言ってごめん。君は人気者だから、街へ行ったらきっと君の友達がたくさん君に声をかけるだろ。そして、君はそれに笑顔で応じるだろ。それを思うと嫌で仕方なかったんだ。要するに、目の前で友人をとられてしまうのが嫌だっていう俺の我儘だったんだ。もちろん人混みが苦手だというのも本当だけど。
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アイは二階にある自室で鉛筆を握っていた。しかしその手は動いていない。近く締め切りなのだが、物語の終盤で行き詰まってしまったのである。ふと時計を見てみると、思った以上に針が進んでしまっていた。このまま机の前でじっとしていても良い案は浮かばなさそうだ。紅茶でも淹れて一息吐こうかと腰を浮かせたところで、窓の外に青い点を見つけた。窓は机を付けているのと同じ壁、机のすぐ左にある。青い点はこちらへ近づいてくる。アイにはその青い点の正体が既にわかっていた。こんな町外れに住んでいるアイの家にわざわざ来る者、それも青い服を着ている者といえば一人しかいない。
青い服を着た人物は家の前まで来ると乗っていた自転車を降りて丁寧にスタンドを下ろした。自転車には前にも後ろにも大きな籠が付いていて、乱暴に扱うと倒れてしまうからである。アイが出迎えるために部屋を出て階段を降りていくと、調度のタイミングでドアノックの音が響いた。
「やあ、アイ。郵便です」
扉を開けると冷たい風が吹き込んできて思わず肩をすくめた。案の定外には郵便屋であることを示す青い制服を着た友人ーーユウがぱっちりとした碧い目を細めて立っていた。
「ああ、ありがとう」
「疲れてるみたいだけど大丈夫?もしかして仕事上手くいってない?」
ユウは心配半分、からかい半分といった調子で言いながら郵便を差し出す。
「うるさい。物書きには根気が要るんだ」
郵便をひったくりながら的外れな返事をした。
「根気ねえ。あ、ぼく邪魔した?」
「いいや。調度一息入れようかと思ってたんだ。紅茶でいいか?」
「うん!お砂糖多めに入れてね」
「はいはい」
ユウは朝の配達で最後にアイの家へ来ることにしていた。アイの家は町外れにあるからそうした方が効率が良い。そしてアイの家へ郵便を届けたらそのまま家へ上がって休憩(サボりとも言う)、少ししたら郵便局へ戻るというのが日課だった。
几帳面に片付けてあるキッチンでお湯を沸かし紅茶を淹れる。ティーポットからカップに紅茶を注ぐと良い香りがフワッと顔を覆った。
その間ユウは遠慮することなく家に上がると居間のソファーでくつろいでいた。それまで被っていた帽子を取って目の前のテーブルに置いていたので、黒髪のアイとは対照的な金色の髪がお出まししている。
両手にカップを持ってそこまで運んでいくとユウが制服のポケットから何やら取り出した。
「アイ、口開けて。紅茶のお礼」
ここでどうしてだと聞いてもユウが答えてくれないのはわかりきっていたので、アイは黙ってユウの方に顔を近づけると口を開けた。
「な、何だコレ!?」
ユウが口に何かを入れた瞬間、口内に苦味が広がった。アイの眉間に皺が寄る。その様子を見たユウは笑いだした。
「配達の途中で知り合いの子にもらったんだ。キャラメルって聞いたんだけど」
「これ、コーヒーの味じゃないか?何でキャラメルなのに苦いんだ!」
コーヒー、そうだったんだ!アイは苦い物が苦手だということを知っているユウは尚更愉快そうに笑った。慌ててアイは苦味を消すために手にしていた紅茶を飲む。咽せた。ユウの笑い声が一際大きくなる。
「紅茶が変なとこに入った?大丈夫?」
心配しているのは本当だろうが、盛大に笑ってしまっているのであまりアイには伝わってこない。
「間違えてお前の方の紅茶を飲んだんだ。甘すぎる!よくこんなものを飲めるな」
グイとカップをユウに押し付けると恨みがましい目を向けた。するとユウは何故か笑いを引っ込め、驚いたような顔をしてカップを見つめた。
「何だ。俺がお前の分を飲んだのが不満なのか?元はと言えばお前が悪いんだぞ。中身をよく確認もせずに人に食べさせて」
ようやくユウの向かいにあるソファーに腰を下ろしてアイが抗議すると、ユウはいや、そうじゃないんだけど、ともごもご口にしてそっとカップに口をつけた。頰が薄く染まっている。
「あ、あのさ、アイ。仕事が大変そうな時に訊いて悪いけど……明日って空いてる?」
「クリスマスだろ?空いてる……というか、空けてあるよ。毎年お前とウチで過ごしてるんだから。何で?」
「いや……町に行きたいな……って……」
カップの中身を見つめてユウが訊く。歯切れが悪くなっているのは、アイが町に出るのを嫌がることを知っているからだ。
「町?何で。明日は」
そこで言葉に詰まったかのようにアイは一瞬黙った。そして不快そうに顔を歪めた。
「明日は町が混むじゃないか。俺は人混みも、ごちゃごちゃした飾りも嫌いなんだ。知ってるだろ」
予想通りの答えだったが、それでもユウの瞳はどこか曇った。それにすぐ気が付いたアイは慌てて付け加える。
「ユウ、今年もご馳走用意するぞ。上物のワインだってあるし」
「それは嬉しいんだけど……」
歯切れの悪いユウの態度にアイは段々苛立ってきた。
「何だ、嫌なのか?だったら俺なんか、俺なんか誘わずに町に行けばいい。最初からそう言え。それで俺は怒ったりしない」
「そんなこと言ってないだろ!」
驚いたような声を上げると、ユウはわざと音を立ててカップをテーブルに置いた。
「アイ、何だって君はそうすぐ邪推するんだ。僕は君の家で過ごすの大好きさ。でも、たまには君と町へ行きたくなったんだよ。クリスマスは特に町が綺麗だし……」
そこで一つ大きく息を吸うとユウはアイの黒い目を見つめた。
「だいたい君はいっつもそうだ。頑固なんだ。たまには僕の我儘に付き合ってよ!」
いつも我儘言いたい放題じゃないかとアイは思ったが、気圧されて言えなかった。
「僕は、君と一緒に、クリスマスの町に、行きたいんだ!いい?君と、だよ!明日夕方の配達が終わったらまたここへ来るから支度して待っててよ。絶対だよ!」
珍しく怒気を孕んだユウの態度に混乱していたアイはよく考えないまま「あ、ああ、わかった」と返事していた。それに満足したユウは一つ頷くと、紅茶を飲み干してすっくと立ち上がった。
「約束だよ。明日、君に特別な話があるんだ。でも、君が今日みたいに拗ねてたら言ってあげないからね!紅茶ご馳走さま!」
そして帽子を被り直すとさっさと部屋を出て行ってしまった。
アイはしばらくユウが去った方を呆然と見つめていた。部屋にかかった時計が鳴った音でふと我に返ると、自分の分の紅茶を飲み忘れていたことに気がついた。口をつけたが紅茶はすっかり冷たくなってしまっていた。
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今この手紙は俺の仕事部屋で書いている。ここにある窓からなら、ユウが乗って来る自転車の明かりがまだ遠いうちから見えるんだ。知っていたか?今、君が来るのを待ちながら手紙を書いているわけだ。
そういえば今日何か特別なことを話してくれると言っていたな。どんな話なのか今から楽しみにしているよ。
あ、雪だ。雪なんて珍しくもないけれど、俺はやっぱり好きだな。雪の日に君と過ごせることを嬉しく思っている。ただ、君が風邪を引いたり転んで怪我をしたりしないか心
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