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偶然を運命に変えるモノ

 年の違う亜貴(あき)(はる)が知り合ったのは、ちょっとした偶然だった。  幼稚舎から大学院まで一貫教育を行っている超マンモス校・粋泉学園(すいせんがくえん)には特進科と一般科、さらには各種専門学科が多数設置されており、それはもう多種多様な人間が通っている。たった一学年の差と言えど、特進科の亜貴とスポーツ科の晴では校内ですら一生すれ違うこともなかったかもしれない。そういう意味では偶然という名の奇跡、あるいは運命のような出会いだった。  その時のことを亜貴は一生忘れないだろうし、晴も似たような思いを感じているからこそ、不思議な縁は今も続いているのだろう。それはきっとこの先もずっと続いていくのだと、お互い言葉にしたことはなくとも共通認識であることは間違いなかった。  「あーきー、そんなもんばっか読んでて面白いのかよお」  「……面白いけど?ていうか、晴の宿題が終わるまでコレ読んでるつもりなんだけど」  亜貴の手にしているものはゲームプログラミングの参考書だ。晴もゲームをプレイするのは好きだが、それを作ろうという発想に至ったことはない。亜貴と自分は違う人種なのだと、晴は常々思っている。必修科目の教科書すらまともに読めず、手元のノートは1時間経った今も依然真っ白のままな自分とは大違いだ、と。  「ええー?もういいじゃん、宿題なんか!どーせ分かんねえもん!」  「いくらスポーツ加点でエスカレーションできるって言っても、宿題はやりなよ」  「ちぇっ、亜貴のケチ。なら教えろよなー」  「教えようにも5分も集中力持たないのはどこの誰?」  やめだやめだとシャーペンを転がした晴を呆れるように眺めながら、亜貴は参考書を閉じて鞄にしまった。晴の宿題が一向に進まないのは今に始まったことではないし、何だかんだで提出期限に間に合わせているのを知っているので無理強いする必要もない。  「……だってさ、来年の今頃には、亜貴は卒業だろ?」  広い校舎内で監視カメラの音すらしないような人気のない教室に、ポツリと晴の呟きが落ちた。普段見せない感傷的な色を感じ取り、亜貴の胸もほんの少しざわつく。  「卒業って言ったって、外の大学に進学する予定はないけど」  「それでも、ここで会うのは難しくなるじゃんか」  「それはそうだけど……まだ一年もあるでしょ」  「もう、一年しかない」  晴の言わんとすることが、亜貴にも何となく伝わった。この教室は特別な場所だ。時間の流れから取り残されたかのような空き教室で、二人が初めて出会った場所。一年という時間の重さを、ここで嫌というほど実感してきた。  独りぼっちが、一人と一人になり、ここでだけは二人ぼっちになれたのだ。移り行く季節と学校行事が、初めて心から楽しいとさえ思えた。  「じゃあ……どうするのさ」  「どうするって?」  あどけなさの残るきょとんとした顔で見つめてくる晴の瞳の奥を覗き込むように、亜貴はグッと顔を近付けた。吐息が、流れる前髪が、互いの鼻先が触れるほどの距離でそっと囁く。  「あと一年、晴は俺とどう過ごしたいの?」  決して大きな音量ではないのに、無駄に艶っぽい声色のせいで晴の心臓は痛いほど脈打った。言葉に詰まってしまったのは、明確な答えを持っていなかったからだけではない。亜貴がまるで知らない大人になってしまったかのような、妙な錯覚を起こしたからだ。  「それ……は……」  「それは?」  ドキドキとうるさい鼓動から逃れたくて視線を逸らしたのに、亜貴は意地悪な微笑みを湛えて晴の視界に映りこむべく首を傾ける。右へ逸らせば左に傾げ、左に逸らせば右に傾げて。  何度かそれを繰り返すうち、自分たちは一体何をしているのだろうかと可笑しくなってしまい、二人同時に噴き出した。  「あはは、先のことはいいや。俺はまだ亜貴とこうやって一緒にいたい」  「ん、俺も」  「約束だぞー」  差し出された晴の小指に、亜貴は当たり前のように小指を絡める。  幾度目か知れない呪いが、夕焼けに染まる教室にまた一つ積もった。  

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