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第20話 同じ感情

 翼の高校は学年を縦で割った四つの色分けチームの他、各クラスでの競技取得点数も競い合う。それゆえに組分け応援団とは別にクラス応援団長が置かれているのだ。 「一年五組、行くぞー!」「そだねー!」 「一年五組、勝つぞー!」「もちろんねー」  旗持ちの入退場から戻れば次の役目はコール&レスポンス。  翼はあまり声を張り上げられないが、そこは三澤とふたりだからリードしてもらえるし、実行委員も天宮も、持ち前のリーダーシップで一緒に声を出してくれた。  翼のいる一年五組の観覧席は大いに盛り上がり、競技でも次々に高得点を重ねていく。  高校の体育祭というのはもう少し緩い雰囲気なのかと思っていたが、このクラスの生徒たちはとくに行事に熱心らしい。 「大塚! ウェーイ!」 「う、うぇーい、お疲れ様!」  競技参加はできないが、競技から帰ってきたクラスメイトが翼とハイタッチをしてくれる。  翼にとって初めての体育祭。参加しているんだ、と心から実感することができた。  昼休みはいつもの八人でお弁当を囲んだ。今日ばかりは三澤も母親の手作り弁当を持ってきていたが、料理が苦手でお弁当作りをしてこなかった母親だ。焦げた卵焼きや熱いまま入れてシナっとなったブロッコリーが入っている。それでも三澤は文句ひとつ言わず食べた。 「三澤君、これもよかったら食べて」  翼は三澤の腹に余裕があればと、サンドイッチを作ってきていた。三澤は白い歯を見せて受け取ると、「うまい、やっぱ大塚の飯はうまい」と味わってくれる。 「玲王、たまにはうちらのも食べなよ」  女子ふたりもお弁当を勧める。かわいい色とりどりのお弁当だ。 「いらね。大塚のだけでいい」 「相変わらず塩〜」  あっさりと断った三澤は女子たちからブーイングをうけるものの、まったく意に介さず、サンドイッチを頬張っている。  翼は急に食欲が湧いた気がして、自分も残りのサンドイッチに手を付けた。  すると、次は天宮だ。 「俺も大塚の手作り食いてぇ。寄越せ」  三澤が持つサンドイッチの包みに手を伸ばす。 「やるか。お前は親御さんの愛情弁当を残さず食え」 「ケチか」  ふたりのこのやり取りはいつものことで、他の生徒は「またか、もう諦めろ天宮」と笑っている。 「なぁ~、大塚。今度俺にも作ってよ。前食べたフワフワのやつがおいしすぎてさ、他のも食べてみたいんだって」  天宮が手を合わせて、拝むように頼んでくる。  おいしいのは三澤のおいしい顔を見たくて工夫するからだと思うが、こんなにお願いされると断りにくい。 「じゃあ今度……」 「大塚、トイレ行っとくぞ」  天宮に返事をしかけると、いつの間にか立ち上がっていた三澤の小脇にひょい、とかかえられた。 「えっ? トイレって、三澤君?」  突然の出来事に驚くものの、翼はそのまま連れ去られてしまう。 「なんだよ三澤、急に」 「ちょっと、玲王?」  三澤は皆が戸惑う声にも振り返らない。翼をしっかりとかかえたまま、ずんずん前へと進んでいく。 「三澤君!? どうしたの? 歩けるからとりあえず下ろして」  あまりに滑稽な格好だし、とうとうトイレの心配までされて連れて行かれるなんて、これではまるで緋王みたいだ。 「……くらないでくれ」 「え?」  三澤の声があまりにも小さいため問い返すと、腕からそっと降ろしてくれる。 「だから……」  気まずそうに地面を見ていた瞳がまっすぐに翼を見た。太陽の光を閉じ込めたような、熱を帯びた瞳だ。射抜かれて、翼の瞳も三澤だけを映す。 「俺以外に弁当、作らないでくれ!」  一気に、けれど語尾になるほど語気を強めて言い切った三澤の頬がかぁぁっと上気した。  その赤さは、翼の胸の中にいくつもの小さな泡を立たせる。泡は上へ上へと昇り、目の前でソーダ水のようにはじけた。 「三澤君……!」  もしかして三澤も嫉妬しているのだろうか。天宮に対して親友は自分なんだぞ、と思ってくれたのか。  マイナスの感情である嫉妬心を持つことを醜いと思っていた翼だが、三澤も同じ感情を持っていたらしいことに高揚した。  こんなことでも、三澤とのお揃いなら特別な感情に思える。嫉妬するのも生まれて初めてだから、より特別なことに感じる。 「わかった。作らない。これからも三澤君だけに作るね」  伝えると、はじけるばかりの笑みを見せてくれる。  翼の胸の中でもまた泡が生まれ、爽快にはじけた。感動に似た熱さもあるのに、とても晴れやかな気分だ。  嬉しい。嬉しい……!  だからこれも伝えよう。三澤は鈍いところがあるから、機会があるごとに伝えておこう。 「三澤君、僕の親友は三澤君だけだからね!」 「……お、おう……」  照れたのか安心したのか翼にはわからなかったけれど、三澤は顔を真上に上げると、空にふうっと息を吹きかけた。

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