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 なんとか遅刻せずに出勤し、俺は普段通りに仕事を始めた。  いやぁ、なんと言うか。今までもゼロ太郎に『行ってきます』を言ってから出勤していたけど、どことなく心持ちが違う。  別に実体の有る無しを気にしているわけじゃないけど、目に見えて【誰か】って分かると、挨拶ひとつでも受ける印象が違うのかな?  なんて、取り留めのないことを考えながら仕事を続けていると……。 「おーい、追着ー。この前言ってた企業から入金されたか?」  同じ課の課長が、俺のことを呼んでいるではないか。  デスクに近付いてきた課長を振り返り、俺は眉尻を下げながら返事をした。一応、仕事中にだけかけている眼鏡を外して……っと。 「いえ、まだ経理から連絡はきていませんね」 「そっかぁ~。あそこの企業、契約するまではスムーズだし気前もいいんだが、期日に関しては引くほどルーズだからなぁ……」  なるほど、課長は取引先の入金を待ってヤキモキしているのか。それなら、俺ができることと言えば……。 「よろしければ、俺の方から先方に連絡をしてみましょうか?」  幸いにも、その取引先の担当者と面識があるからな。俺は立ち上がって、課長にそう提案した。  すると、どうやら課長にとっては渡りに船だったようで。 「本当か? それは助かるなっ! お相手さん、追着のことが大のお気に入りみたいだからな!」 「恐縮です」  嬉しそうに去っていく課長に会釈をしつつ、俺は椅子に座り直した。  ということで、緊急ミッションを受注したぞ。俺はすぐに、経理担当者から請求書のデータが保管されているフォルダを確認した。  後は、取引先の担当者に電話をかけて……。とんとん拍子で話を進めていくと、不意に、俺の隣のデスクに座る青年が声を上げた。 「センパイ、よく【入金の催促電話】なんて買って出られますね? 気まずくないですか?」  隣の席の青年こと、俺の後輩──月君だ。行き倒れていたカワイを一緒に発見した青年、とも言う。  パソコンの画面に請求書のデータを映しつつ、俺は隣に座る月君に目を向けた。 「世間話を挟めば、案外どうにかなるものだよ」 「それでも、イヤなものはイヤッスよ。はぁ~、マジで尊敬ッスわ」 「そう? ありがとう」  俺にとってはさほど苦ではない話だけど、後輩から尊敬されるのは嬉しいなぁ。思わず、口角も上がっちゃうね。  すると、月君が表情を強張らせたではないか。 「や、センパイ。そんなイケメンすぎるスマイル、安売りしちゃダメですよ。相手がオレじゃなかったら今頃、連絡先とか訊かれてましたよ」 「確かに、月君は俺の連絡先知ってるもんね」 「いやそういう意味じゃなくて。……鈍いイケメンって、マジで損ッスわ」  よく分からないけど、褒められている……の、かな。若しくは、理由は分からないけど心配をされている、っぽい?  って、いやいや。月君と談笑を楽しんでいる場合じゃないぞ。俺はすぐに、取引先に電話をかけようとして──。 「おぉ、追着。それと、竹力も」  今度は、部長が俺を呼んだ。一緒に呼ばれた月君も、声がした方を振り返る。 「はい。なんでしょうか?」 「どうかしましたかー?」 「午後からの会議、時間を早めて十時から始めるらしいぞ」  なんということだろう。部長からの報告に、月君がガガンとショックを受けてしまったぞ。 「えぇ~っ? 午後からの会議って、四時からのやつッスよね? それを十時に変更って、マジッスか!」 「おお、マジだ。いやぁ、楽しくなるくらいいい反応をするな、竹力は」 「分かりました。会場の準備と資料の用意は予定通り、こちらでしておきますね」 「こっちはこっちでさすが追着だな、助かるよ。それじゃあ、よろしくな」  要件だけを伝えて去っていく部長に「承知いたしました」と返事をし、俺は今度こそ入金に対する確認電話をしようと……。 「センパイ、さすがッスね。予定が時間単位でズレても、いつもの安定感を保てるなんて……」 「決まっちゃったなら、慌てても仕方ないからねぇ」  する前に、落ち込む月君の肩をポンポンと叩く。その肩は、カワイと違ってなんとも厚く、筋骨隆々な逞しい肩だった。

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