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数時間早まった会議も無事に終わり、俺は遅めの昼休憩に入った。
会議室から戻ると、経理担当の子に『取引先から入金されました』と連絡も受けたし、とりあえず午前中の仕事は片付いたかな。会社の中にある休憩室で、俺はふぅと息を吐く。
……と、ほぼ同時。
[──いつも思いますけど、本当に詐欺ですよね]
スマホから、低音ボイスが鳴った。言うまでもなく、ゼロ太郎の声だ。
ゼロ太郎は【部屋に搭載された人工知能】だけど、こうしてスマホにデータをコピーすることができる優秀な子だったりする。マンションでの契約上、会社のパソコンとかに移すのは禁止されているけど。
有能すぎる人工知能だから、一企業のデータに侵入させてしまうと仕事を爆速で仕上げてしまうから駄目らしい。なぜ『駄目』なのかと言うと、それではゼロ太郎たちの存在意義に反するからだ。
ゼロ太郎のように、俺が暮らすマンションに搭載される人工知能は、あくまでも【住人の生活をより良くするためにサポートをする】のが目的であって、怠惰にすることはゼロ太郎たちの役目とは真逆なのだとか。
なんてことを考えながら、俺はスマホを立てかけつつ、いつものゼリー飲料を吸う。
「なにが詐欺なの?」
さて、ゼロ太郎の存在意義について考えている場合ではなかった。俺は同居人にかけられた詐欺疑惑について、言及する。
ゼロ太郎はわざとらしいため息を吐いた後、自らが発した言葉の意味について丁寧に説明し始めた。
[これは先日の話なのですが、主様は部長様に、本日の会議で使う資料の作成を頼まれていましたよね]
「うん、頼まれたね」
[その作業期間の目安は、頼まれた日を含めて三日間でしたよね]
「うーん、そうだったような……どうだったかな。でも、それがどうかした?」
ゼリー飲料を吸いつつ、スマホに向かってコクコクと頷いて見せる。
するとなぜか、ゼロ太郎の声がワントーン低くなった。ただでさえ低いのに、さらにワントーンだ。
[──軽く見積もってみましたが、どう考えても半日で終わらせられる作業量ではなかったと思いますよ]
「──そうかな。やってみたら、意外とできたよ?」
なんだなんだ、ゼロ太郎はなにが言いたいんだい? ゼリー飲料を空にした後、俺は眉を寄せた。
[今しがたお話した資料作成然り、朝礼後に課長様から頼まれた入金に対する確認然り、数時間も早まった本日の会議然り。主様は、本当に……]
えっ、なになに? もしかしてゼロ太郎、俺の仕事ぶりに対して──。
[──この仕事の出来を、どうして私生活に反映させられないのでしょうか……]
「──もしかして俺、褒められてるんじゃなくて貶されてる?」
てっきり褒めてくれるのかと思ったら、呆れられていた、だとっ?
話の流れが若干おかしい気もするけど、ゼロ太郎の言っていることは正論だし心当たりありまくりだし、もう俺、どんな顔していいのか分かんないんだけど? ゼリー飲料の容器をギュムッと握り、俺はテーブルに突っ伏した。
「別に俺、仕事ができるタイプってつもりはないんだけどな。家でも外でも、俺は俺だよ?」
[自覚がないからこそ余計、手に余るのですよ。……はぁ~っ]
ゼロ太郎をゼロ太郎として仕込んだ俺が言うのもなんだけど、主に対してこんなに深いため息を吐く人工知能、他にいる?
[ですが、そうですね。そんな主様だからこそ、私は……]
……えっ、なにっ? なんで区切るのっ?
もしかしてゼロ太郎、なんだかんだで俺のことを心配して──。
[──調教のし甲斐があると踏み、日々是楽しく過ごせているのですよね]
「──嫌なありがたみの噛み締め方しないでよ!」
俺の人工知能があまりに冷酷! いったい誰がゼロ太郎をこんなに酷い子に育てたんだ!
少なくとも、俺じゃないと思いたーいっ!
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