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 ということで、帰ってまいりました我が家。……マンションの借り部屋だけど。 「ただいまぁ~。二人共ぉ~、おーいっ。言われた通り、俺の好きなお酒買ってきたよ~?」 「おかえり、ヒト」 [おかえりなさい、主様]  ふむ。二人共、いつも通りっぽいな。ならば、このお酒はいったいなんのために?  トテトテと小走り気味に近付くカワイは、俺の腕をグイグイと引っ張る。 「ヒト、帰ってきていきなりでごめん。……こっちに来て、味見してほしい」 「いいよ、なになに?」  おぉっ! ポテトサラダじゃないか! 小皿に分けられたポテトサラダをカワイはスプーンで掬い、俺の口元に運んだ。 「ん~っ、おいしいっ! なにこれ、どこで買ったの?」 「ゼロタローに教わって、ボクが作った」 「そっかそっか、ゼロ太郎に教わってカワイが作っ──えっ?」  つまり、カワイ手作りの料理をカワイ自ら『あーん』してくれた、ってこと? なにそれ新婚じゃん、結婚してるじゃん。 「ありがとう、カワイ。絶対幸せにするね……」 「うん? ありがとう?」  俺の推し悪魔、本当にいい子すぎる。ポテトサラダにちょっぴり塩味をトッピングしてしまいながら、ただただ俺は幸福を噛み締めた。  カワイはほろりと泣いている俺を訝しみつつ、ポテトサラダが盛られた小皿を見つめる。 「悪魔にも、味覚はある。でも、悪魔は基本的になにを食べても体に害はないから、人間の味覚とは少し違う。……それに」  言葉を区切って、カワイは俺を見上げた。 「──ボクが『おいしい』って言われたいのは、ヒトから。ボクは、ヒトの好みを沢山知りたい」  ……っ。カワイ、狡いなぁ。不覚にも、ジンとしちゃったよ。  俺にとって、家族はゼロ太郎だけだった。そこに不満なんかなかったけど、こんな家族らしい触れ合いは未体験だから、かな。 「メチャメチャおいしいよ、このポテトサラダ。文句なしで、大満足のパーフェクト」 「ホント?」 「本当だよ」 「そう。……良かった。嬉しい」  本当に、俺にはもったいなく思えるくらい、贅沢だ。  ……駄目だ、良くない。このままだと、本気で泣いてしまいそうだ。この空気を変えるべく、俺は強引に話題を切り替えた。 「ところで、言われた通りにお酒を買ってきたんだけど……これにはいったいどんな意味が?」 「今日のヒトは仕事を頑張ったって聞いた。疲れた時にお酒を飲むのが社会人の楽しみだと思って、買ってきてもらった」  出たぞ。カワイの、ちょっとズレた人間界の常識。  俺の仕事状況は、十中八九ゼロ太郎から聴いたとして。そうか、これは俺を想ってのおつかいだったのか。 「最初はボクが買ってくるつもりだったけど、ゼロタローが『ムリだ』って言うから……」 「そうだねぇ。カワイの見た目じゃ、無理かなぁ」 「人間界は生き難い」 「そんなところで感じなくても……」  なんだなんだ、今日は勤労感謝の日なのかと錯覚してしまいそうだぞ?  優しい同居人たちにやはりジンとしつつ、俺は一先ずスーツから着替えることにした。

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