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第四話

「戻りやしたー……ってアニキ居ねぇ?」  蜜とのたわいもない雑談の後、事務所に戻ると桂木のアニキの姿は無かった。代わりにいたのは中学からの連れでここにも一緒に入れて貰った佐々。佐々は電話番を任されていたのか、ソファに横になってマンガ雑誌を読んでいたが俺が扉を開けた音で慌てて飛び起きた。 「――っとお、水城か」 「アニキは?」 「今日はもう帰ったぜ」 「そっか」 「それより聞いたぜ? ホモ買ったんだって? どうだった?」  ソファから起き上がった佐々が興味津々に近寄って聞いてくる。アニキも案外口が軽いなと心の中で毒づきながら纏わりつく佐々を手で追い払う。 「ちげーよ。店で蜜に会ったから少し話してただけだ」 「ミツ? なんだぁ、これかあ?」  下衆な表情を浮かべながら小指を立てられても断じてソレではない。顔面に緩くアイアンクローをかましながら溜め息を吐く。 「だから違うって……蜜だよ。中学一緒だっただろ?」 「何組?」 「え?」  佐々の言葉に気付いた。俺は蜜が中学の時に何組だったかを知らない。田舎の中学などただでさえ組数はそんなに多くない。同じ組だった記憶はないから恐らくそれ以外の組なんだろう。しかし蜜が何組だったかも知らない。少なくとも、関とは一年の頃だけは同じ組だった。 「ミツって苗字? 三井とか」 「や、名前だと思うけど……」 「じゃあ苗字は? 『何』ミツだよ」  五月雨な佐々の質問に答えられなかった。  そもそも蜜が蜜だということしか俺は知らない。同じ中学だった事以外は、苗字も組も。 「……知らねえ」 「それホントに中学一緒なのかよ?」 「でも関が――」  そうだ関だ。 『何言ってんの亮ちゃん』  関が当たり前かのように蜜を俺に紹介したりするから。  記憶を幾ら探ったところで蜜が居ないのも仕方無い。蜜なんて存在しなかったのだから。あれはやっぱりきっと蜜と関が俺を騙そうとしていたんだろう。  帰宅してから押入を漁り埃を被った中学の卒業アルバムを引っ張り出した。見たのなんて卒業直後のあの位だけで、それ以降は見る必要すら無くなっていた。  一頁ずつ捲っていくと佐々の組の頁になった。佐々と後二人、集合写真の右上に丸く別枠で載せられている。一人はあの頃俺らと連んでいた奴で、もう一人は関だ。男らしくない伸ばしすぎた髪とカメラのフラッシュを反射し過ぎる眼鏡。幼なじみでなければやっぱり虐めたくなる対象だ。この組に蜜の姿は無い。名前だけをアテにせずに顔写真も一人ずつ、男女構わず全員確認した。やっぱり蜜は居ない。  頁を捲ると俺の組だ。俺自身も右上の別枠に居る。三年生の時は殆ど学校になんて行っていなかったから仕方がない。やはり、この頁にも蜜は居ないのだ。全ての組を確認しても蜜の姿はどこにも無かった。  同級生というのが思い込みだったのかもしれない。もしかしたら先輩か後輩だったのかもしれない。――思い込み?そもそも俺はいつ蜜を『中学の同級生』だと認識していたんだ?  思い出せ。俺は、あの海で ――蜜のことを『知らなかった』。

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