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Ⅰ 第6話 ※
「はぁ…、はあ………、……あっ…ひっぐっ…、うっ……」
あれからいったい何時間経ったんだろう。
そう思うくらい長い間、後ろを指で執拗に責められ続けている。
涙が止まらないせいで視界が歪んで、もう何が起きているのかもよくわからなくなってきた。
腰に力が入らないせいで座っていられず、仰向けで開脚した状態で、シアンに後孔を好き勝手いじられている。
それに、あの薬のせいかわからないけど、なぜかずっと涙が止まらない。
それが情けなくて、余計に涙が流れてくるせいで、もう顔はぐしゃぐしゃだ。
そしてずっと、身体が壊れた玩具みたいにがくがくと震えている。自分の身体が、自分のものじゃなくなったみたいで気持ちが悪い。
指を挿れられたときから震えが収まらなくて、止めようと思っても止められない。
特に、指で中のしこりを擦られる度に起こる、死んでしまうんじゃないかと思うくらい激しい痙攣みたいな震えが怖い。そこを触られる度に身体が異常なほど反応して、何度気絶しかけたかわからないくらいだ。
身体中の熱は冷めるどころかむしろどんどん熱くなっていて、特に腹の奥がじんと疼くように熱くてどうしようもない。
一刻も早く解放されたいのに、頭も熱くぼんやりしていて、うまく考えられない。
だんだん、今どこに居て何をしているのかも、よくわからなくなってきた。
「は…っあ、ひっ……う…ぅく…あっ…」
ぐちょぐちょと卑猥な音が、部屋に響いている。
それと一緒に、自分のものとは思えない甘ったるい泣き声のような声も聞こえてくる。
僅かに蘇った羞恥心で、耳を塞ぎたくなった。
「やっ、…あっ……、もっ…、むり…ぃ!」
「まだできるでしょ」
無慈悲に落とされた冷たい声に、喉が引きつる。
シアンの綺麗な顔が近づいてきて、そのまま口を塞がれた。
「うぐっ、……む………」
視界の端が段々と薄暗くなっていく。
上半身は息苦しくて仕方がないのに、下からは快感の波が押し寄せてきて、もうわけがわからない。
シアンの目の赤色もわからないくらい、視界が狭まってきた。
今度こそ本当に死んでしまうような気がしてくる。
「ゔっ、…むっ…、ゔうっ…!」
目の前の胸を押し返したいのに、腕を動かそうとしても肘から下を少しだけ上げられただけだった。
おかしい。
だって、苦しい。
苦しい。
苦しいのに、気持ちいい…!
「んんっ〜〜〜────────…っ!!!」
頭の中で火花が散っているみたいに、目の前が真っ白になる。
何度目かわからない射精をした時、ようやく唇が離れていった。
びくびくと足が震えて、俺の陰茎からは、まだどろどろと勢いのない精液が流れ出ている。
いつの間にか着ていた服は脱がされ、床にぐしゃぐしゃになって捨てられていた。
ぜえぜえと肩で息をしながら、床の上の服をぼんやり眺めていたら、俺の中に埋まったままの指がまた動き始めた。
その瞬間、やっと落ち着けていた身体が、また不自然なくらいビクビクと震え始める。
「ひっ…!……ぃ、ぁ……!!」
さっきよりもさらに腹の奥がじわじわと熱くなっていく。快感と同じくらい、身体の熱さに脳を支配されていて、どうしようもなく辛かった。
もういやだ。
やめてほしい。
身体中が熱すぎる。
まるで、身体の内側から炎で炙られてるみたいだ。
それに、もういきたくない。
「うっ…、う…、あ゙、あ、ぁっ……つぃ゙ぃ!」
「熱い?そのうち冷めると思ってたんだけど、そんなことないんだねー」
「な゙っ、…あ……っ!」
さっきそのうち良くなるって言ったくせに!
なんでもないことのように涼しい顔で言われて、僅かに怒りがこみ上げてくる。
「俺も初めて使ったからよくわかんないんだよね。でも、ちゃんと気持ちいんだからいいでしょ?ちょっと熱いくらい我慢してよ」
シアンが面倒くさそうに言った。
まるで駄々をこねる子供をあやしているような言い方で。
副作用も分からない薬を他人に使うなんて、信じられない。
だけど普段なら、過去の愚行を思い出してシアンの言う通りにしていたかもしれない。
だが今は違った。
身体の熱さに触発されたのか、理由はよくわからない。
わからないけど、とにかく身体の奥深くからふつふつと怒りがこみ上げてきて、気づけばシアンを睨みつけていた。
だけどシアンは俺の怒りなんて気にも留めていない。
それどころか、何か面白いものでも見つけたみたいに、頰を綻ばせて嬉しそうに笑っている。
ふいに、顔の方に手を伸ばしてきた。
顔に影がかかって、殴られるんじゃないかと思い、身体が強張る。
だけど俺の予想は全く外れていて、シアンはただ、俺の眉間に指を押し付けるようにぐりぐりと弄ってきただけだった。
意味がわからず、間抜けな顔をしてシアンを見上げる。
シアンは笑いながら、俺の顔を見ていた。
本当にわけがわからないけど、心の底から嬉しそうな顔をして。
「あはっ、兄さんに睨まれるの、子供の時以来で嬉しいな。昔は、俺のこといっぱい見てくれたよね」
「な…、…っ…、なに、い…、って…」
何を言ってるんだ、こいつは。
肺がぎゅうっと締まったような気がする。
言葉が上手く口から出ていかない。
だって、意味がわからないんだ。
なんでそんな、懐かしい、綺麗な過去を思い出しているみたいに、楽しそうに話すのか。
そんな、良い思い出なんかじゃない。
愚かで最低な人間だった、自分の愚行の数々。
何度、恥と罪悪感に呑み込まれそうになったかわからない。
時々夢に出てくる度に、起きた瞬間吐きそうになるくらい酷い過去だった。
なのにどうして。
どうして、そんな顔するんだ。
なんで、そんな楽しそうに喋るんだよ。
俺よりもずっと、被害者のお前が、思い出したくないはずだ。
口にしたくもないはずなのに。
本来なら、俺の名前も呼びたくない、顔すら見たくない、そう思ってもおかしくない。
それが当然のはずなのに。
なのに、シアンは今間違いなく、忌々しい過去ではなく、幸せな思い出を語っているのだ。
それはそれは幸せそうな顔をして。
再会したときから、シアンが昔のことをなんとも思っていないことは、なんとなくわかっていた。
わかってたけど。
でもまさか、あの過去をそんな、大切な思い出みたいに扱っているなんて。
その事実をはっきりと理解してしまって、言い表せないくらいの気持ち悪さが広がっていく。
俺はきっと今、真っ青な酷い顔をしているに違いない。だけどシアンはそんな俺の様子など全く気にも留めず、俺の頰に手をすべらせながら、嬉々とした表情でまだ話し続ける。
「ヴォルガー派抜けてから、兄さん全然俺のこと見てくれなくて寂しかったんだよ?それに、一回も俺の話してくれなかったでしょ?俺はいつも兄さんのこと考えてたし、ずっと見てたのに」
つらつらと語られていく理解不能な言葉の数々に、思考が追いつかない。頭がぐらりと揺れるような感覚に襲われて、吐き気がした。
だって、俺が…、俺が一回もお前の話しなかったって、なんで知ってるんだよ。
俺とずっと一緒にいたわけでもあるまいし、そんなのわかるわけないだろ。
それになんなんだ、見てたって。
シアンがヴォルガー派から出ていった後、再会するまで俺たちは一度も会ってないのに。
それどころか、シアンがどこで何をしていたのかも、俺は何ひとつ知らなかった。
なのに、どこで、どうやって、何のために、俺を見てたんだ。
ずっとってなんだよ。
もしかして、ヴォルガー派を抜けた時から、今までずっとか…?
その考えが頭をよぎった瞬間、ぞわりと背筋が冷たくなった。
身体は熱いはずなのに、今はその熱さすら忘れてしまうくらい、ひどい悪寒に包まれている。
俺の頰を撫でていた手は、いつの間にか顎のあたりまで下がっていた。その指先が、唇に触れる。そして、ぐい、と無理やり口角を引き上げられた。
それに合わせるように、シアンが、笑みを深める。
「ねー、もう挿れてもいー?いっぱいほぐしたからいいでしょ?」
耳元で囁かれているような、甘ったるい声が落ちてきた。
言い終わるやいなや、シアンの手が伸びてくる。
冷たい指先が太ももに触れた瞬間、息が止まりそうになった。
「ひっ………!」
今までほとんど力が入らなかったはずの腕が、本能的に動いた。そしてその手で、反射的にシアンの手首を掴みあげていた。
「い、…い、やだ、…く、くるな…っ」
喉の奥から絞り出した俺の声は、自分でも驚くくらい震えていて、か細くて掠れていた。
恐怖でシアンの顔を見れない。
咄嗟に手を掴んでしまったけど、これからどうすればいい?
また殴られたらどうしよう。
言うこと聞けって言われたのに。
頭の中で、色んな言葉がぐるぐると回っている。
こんなことしたら駄目だろ。
だめだ。
抵抗したらだめだ。
ヴォルガー派のために。
師匠のために。
みんなのために。
我慢しないと。
でも、無理だ。
だって、怖い。
「ご…、ご、めん……っ、…ごめん、でっ、でも…っ、やりたくない…っ、ほ…、とに…っ…!ほ…っ、ほかの、こ…なら、なん…っ、なんで、もするっ…、から…、やめて……っ」
なんとか聞いてもらいたくて、シアンの胸元に縋り付く。布地をぎゅっと握りしめて、喉が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、必死に泣きながら叫んだ。
だけど、シアンからの返答は返ってこない。
触れている身体も、少しも動かない。
俺の鼻をすする音だけが部屋に響いて、沈黙に押しつぶされ、仕方なく震えながら顔を上げた。
シアンの目はやはり、逸れることなくまっすぐ俺を捕らえていた。
そしてその顔は、さっきまでの機嫌のよさが嘘だったんじゃないかと思うくらい無表情だった。
眉を寄せるわけでも、呆れるわけでもない、ただただ、能面みたいに感情のない顔。
温度のない瞳が、じっと俺を見下ろしている。
何を考えているのか、全く分からない。
シアンは何も喋ってないのに、責められているような気がして、息が詰まる。
真っ赤な瞳の中に、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに濡らした、酷い顔の俺が映っていた。
本当に酷い顔だ。
醜くて、汚くて、そんな自分を見ていられず、目を逸らした。
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