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お婆ちゃん

「え?掃除?」  てつやは実家から戻った京介に、振り向いた。 「うん、さっき呼ばれて帰りに寄ってきたんだけど、夏休みに合わせて親父の実家の墓参りに行くって言われたんだよ。でも俺ら旅行行くじゃん。だからいけないって言ったら、じゃあせめて掃除くらいしなさいって言われてさ」  お盆を前にお墓の掃除をする人は少なくはない。てつやにしてみたらお墓参りなんて行ったこともない行事で、それ自体に興味津々だったが、いけないなら掃除したい気持ちにもなる。 「ああ、掃除したい。俺ん家そういうの全くなかったから、友達とかの話聞いていいなって思ってた。いいぜ行こう」  京介にしてみたらめんどくさい事ではあったが、てつやが楽しそうなので 「じゃあ連絡しとくな。今度の日曜にいこう」 「わかった。なんか用意するもんあったら言ってな準備しとくぜ」  もうウキウキし始めて、てつやは検索なんかも始めている。 ーまあ…経験値だな。来年嫌がると思うけどー シャツを脱いでハンガーにかけ、京介はそのまま風呂へ向かった。  最近の猛暑で、墓参り自体も急いで行って急いで帰るような感じなのに、その中で掃除などと言ったら、想像するだけでうんざりする。  しかし、こっちへ引っ越して以降、年に3回の墓参りは父親も大事にしていてそれも無碍にはできなかった。京介自体も、祖父母には可愛がって貰っていたのだから。  京介の家は、県内ではあったが長閑な山の麓の方に住んでいた。  それなりに住宅街に住んではいたが、車で10分も行くと一面田んぼで、その地域に祖父母の家はあった。  田植えや稲刈りなどになると、一族が揃って手伝い、それも結構好きだったのだが、小学5年頃に祖父母が相次いで病に倒れ、早々間も開けずに旅立っていった。  父親が両親のそばにいたいということで賃貸に住んで祖父母を見守って来たが、それもなくなり、土地や家のことを片付けて、京介の中学進学のタイミングで今の家へ引っ越して来たのである。  妹の詩織より祖父母の記憶が鮮明な分、京介もいずれ自分が継ぐのだろう墓のことも今から少しずつやっておかなければだなとも思い直した。  もちろんてつやも一緒になのだから、一度連れていくのもいいかもしれない。  そんなことを考えながら浴室を出ると、てつやがバケツやたわしなどを通販で買ったとにこにこしていた。 「うん、サンキューな」 ー歯ブラシもあるといいぞーとアドバイスをして、京介は冷えた水をグラスへと注いだ。  その日は雲ひとつないいい天気だった。  太陽はギラギラと照り付け、7月最後の日曜日はお掃除日和…  暑いからな、と言われタンクトップに半パン、キャップを被りサングラスにサンダルの格好で臨んだ墓掃除。 草むしりや花をいけるポストの水入れ替えや墓石の水洗い。結構やることは多い。 「家を守るっていうのも大変なんだな」  神妙な顔でたわしで擦って、苔等を洗い流すてつやを、京介は草をむしりながら眺めた。 「こういう作業は結構気が引き締まるよな。ここに眠ってる人居なかったら、俺京介(おまえ)に会えてねえんだもんさ…」  京介が手を止めててつやを見る。 「そういう考え嫌いじゃない。でも、そしたら俺も美香子さん(てつやの実母。疎遠中)に感謝しなきゃなんだけどな。ある意味はそういう考えでいなきゃなんだな…」  今度はてつやの手が止まり、嫌な顔で京介を見て来た。 「そういうことになんな…」  力無い声でそう言うが、やはりそう言う意味では感謝なのかもなぁ…と再び手を動かしながら考える。 「あの時は…なんで生まれて来たんだろう…なんて事考えたけど、あれはさ…今の…楽しい毎日のための試練だったんだな」  黙って草をむしる京介とてつやの脳裏には何が浮かんでいるのか…。  でも結果として、今こうして2人で幸せと言える生活が出来ている。本当に乗り越えるべき出来事だったのかもしれない。  てつやには一生幸せになっても有り余るくらいの試練だったが、一生の幸せ(それ)はこれから自分がやっていかなきゃだなと、また違う意味で京介の気持ちを引き締めた。 「お、随分バケツの水汚れたな。変えてくるよ。お前少し休んでな」  てつやが使っていたバケツがコケや汚れで真っ黒だった。 「いや俺がいくよ」 「場所わかんねえだろ」  言われてみればそうだ。 「じゃあ、頼むわ」  片手をあげて、京介は水汲み場があるのであろう方へ歩いて行った。  てつやは前の通路に座り込み、眞知子さんが渡してくれた保冷バッグからポカリを出して、一気に飲んでしまう。 「うはーうめえ。冷たくてうまい」  飲み物は8本くらい入っており、てつやはもう一本、今度は珍しくコーラを手にした。  その時だった 「暑いのに偉いの」  隣で不意にお婆さんの声がした。 「へ?あ、こんにち…は」  いつ来たんだろ…とは思ったが、ポカリを一気飲みしてる間にお寺に土地勘のある人が来たのかなと思い、挨拶を返す。 「近くの方ですか?」  お茶があったなと取り出してお茶を勧めると、おばあちゃんはありがとうと言って受け取り、それを手に持ったまま話し始めた。 「一緒に居たのは京介かい?」  お?京介のこと知ってる人か 「はい、そうです。結構久しぶりにきたって行ってましたが、京介のこと知ってるんですね」 「田んぼの手伝いやら夏休みやらによくきてたからな。あの辺の子供は私はみんな知ってるよ」 「そうなんすねー。京介は小さい頃そんな感じだったっすか?」  これは、京介の小さい頃を知るチャンスだとばかりに質問をする。 「いい子だったよ。妹が生まれたばかりの時は、親が田んぼやってる時家で面倒見てたりな。いっぱい遊ぶしいっぱい食べるし、元気だったね」  今はクールな印象しかない京介だが、子供の頃はそんな感じだったんだな、と微笑ましくなった。 「カブトムシが好きな子でな、朝早く…あの小さい山みえるかい、あそこにスイカの皮仕掛けに行ってな、カブトムシをよく捕まえてたな」 ーうはっ可愛いいじゃんあいつー 「カブトムシってそうやって捕まえるんすねー。俺はやったことなかったな」  過去のことを卑下して思い出すのはやめておく。やらなかった事実だけを話す。 「ところであんたさんは、お友達かね」  一瞬なんて言おうかなと思ったが、そう答えるしかないだろう 「はい、仲良くさせて貰ってます。俺がこういうのしたことなかったんで、手伝いにきました」 「そうかいそうかい、ありがとねえ。随分綺麗にして…喜ぶよ、ご先祖様も」 「だと言いんですけど」  そう言ってコーラを煽った時、 「汲んできたぞ」  と京介が戻ってきた。 「お、さんきゅーおかえり。お前もなんか飲めよ。思ってるより乾いてるぞ」  と、ポカリを一本渡す。 「そこに置いてあるお茶はなんなん?」  京介が目で追う先には、さっきおばあちゃんが座っていたところに、おばあちゃんに渡したお茶が置いてある。 「あれ?これさっきここにきてたおばあちゃんに渡したんだけど…あれ?おばあちゃんどこ行った?」  てつやは立ち上がってキョロキョロするが、歩いていたら見えるような見通しのいいところだし、隠れるような場所もない。 「え?え?誰だったん?」 「水汲んで歩いてる時、お前の姿見えてたけどずっと1人だったぞ?」  眉を寄せて変なことを喋っているてつやに言う。 「は?俺今おばあちゃんと話ししてて…あ、お前カブトムシ好きだったん?」  おばあちゃんから聞いた話を聞いてみる。 「ん?ああ小さい頃な。あの山に行ってスイカの皮仕掛けてさ…どした?」  さっきお婆ちゃんが教えてくれた小さな山を京介も指差して、しかもスイカの皮…と聞き、怖いものを見るような目で京介を見ているてつやの肩に手をのせた。 「どうしたって…」 「さっき…ここにいたお婆ちゃんに同じこと言われた…。京介がカブトムシが好きでスイカの皮をあの山に…とか、詩織が生まれた時田んぼに行った大人の代わりに家で面倒見てたとか…」 「面倒見てた…なんで知ってる…?」 「だからさっきここにいたお婆ちゃんが…」  2人は立ち尽くした… 「お前はずっと…1人でいた…ぞ」 「居たって、お婆ちゃん!俺の話あってるだろ?その人から聞いたんだ。白いニット着て薄ピンクのカーディガン……え…?この暑いのに…あの格好…」 「それは、俺のばあちゃんが好きでよく着ていた服だ…」  そして祖母が亡くなったのも真冬で、その服は一緒に入れてやったはず。京介がそう言うのにてつやは背筋がぞくっとするのを感じた。 「あのおばあちゃんは…お前のばあちゃんだった…のか?」  思わず2人してお墓へと目をやってしまう。 「でも…」  てつやがバケツを持って、再び洗い始める。 「怖くないな…全然怖くない。なんでかな…俺怖いの苦手なのにな…」  言いながら、涙が出てきた。 「あ、ちくしょ!泣くのやなんだけど!またすぐ泣くとかお前思ってるだろ」  それは意図してない涙で、てつやにも訳がわからない。  京介はてつやのそばにきて、一緒に墓を流し初め 「そんなこと思ってない。そうか…ばあちゃん見慣れないやつが来たから見にきたかな?」  そう言う京介も鼻を啜っていた。  それから一切を済ませた2人は、お線香をあげ2人で前に座る。 「ばあちゃん、あんまり来れなくて悪かったな。今度からは来るようにする」  手を合わせて京介が言う。 「俺も出来るだけ来るようにします。今日は俺に会いにきてくれてありがとうございました」  てつやも手を合わせて頭も下げた。 「ばあちゃん…ここにいるやつてつやって言うんだけど、俺の大事な人なんだ。これから一生かけてこいつを幸せにしてくから、見守っててな」  てつやは思わず京介を見てしまう。 「お前に会いにきた以上、本当の事言っとかねえと、婆ちゃんに悪いだろ」  頭を引き寄せてコツンとあてる。 「さっき…俺友達だって嘘言っちゃったんだよな…京介のばあちゃん…ごめん」 「俺が今ちゃんと言ったから大丈夫」  てつやはもう一度手を合わせた。 「浅沼家にこれからお世話になっていきます。よろしくお願いします」  その時、無風だったのに一度だけ髪を揺らすくらいの風が2人を通り過ぎていった。 「ばあちゃんの返事かな?」  風は不思議とその一回だけで、あとはまたカゲロウが立つほどの暑さが戻って来ていた。 「え、母さんが?」  家に帰る前に再び京介の実家へ寄り、今日の出来事を話すと父親の雄介は驚いたような顔をした。 「幻ではないです。俺が聞いた京介の話、辻褄が合ってて俺の知らないことでしたから…」  てつやは出されたコーヒーを口にする。 「そうか…てつやくんを見に行ったかな…」  居間の片隅に置いてある仏壇を見て、雄介が懐かしそうに写真を見た。  てつやは思い立って仏壇の前に行ってみた。写真があるんだったと気づく。  仏壇の中に置かれた京介のばあちゃんの写真… 「…この人でした…ほんとにこの人でした」  優しく微笑んでいる、遺影とは違う普段のお婆ちゃん。  リビングにいた眞知子さんも京介も、黙って話を聞いていた。 「本当に俺に会いに来てくれたのかな…」  てつやは仏壇に線香をたて、手を合わせた。 『俺も京介を幸せにします。見守ってください』  心の中でそう伝えて、京介の隣へ戻る。 「何言った?」 「言う訳ない」  笑ってコーヒーを飲んだ。 「なんだか良い日ね今日は。あんたたちも晩御飯一緒に食べましょ。どこかに行ってもいいし、ねえ?お父さん」 「そうだな。中華でも行くか?」 「良いわね、平平楼に予約しましょう」  眞知子さんが立ち上がって連絡を入れに行く。 「あ、しおりたちどうするのかしら、京介ちょっと聞いてみて」  連絡を入れる前に人数確認だろう。  てつやは少し慌ただしくなったリビングで、じっと仏壇のお婆ちゃんを見つめていた。  優しそうなお婆ちゃんだな…と思ってみていたら、気のせいだとは思うがお辞儀をされたように見える。 「ん?」  と背筋を伸ばしてみたが、写真はそのままだった。 「てつやくん?」  雄介が仏壇とてつやを交互に見てきた。 「いや、なんでもないっす」  てつやは苦笑して足を戻す。 「そういえばてつやくんは今のこの現状で、相場はどう動かしてるんだい?」  実はゆうすけとは株仲間。  そこからは周りにはわからない話が始まる。    京介も祖母の写真を眺め、生前から結構お茶目だったよな などと心で話しかけ、微笑む写真に笑みを返した。

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