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今度は兄貴肌?(8)

 スタジオ近くの居酒屋だったため、店から駅までは歩いて10分ほどの道のりだった。近くに大学があるからか、テンション高めの、数人でふざけ合って歩く若者をたびたび見かける。  オメガの男というのは弱そうに見えるからか、普通に道を歩いているだけで、揶揄われたり酔っ払いに絡まれたりすることがよくある。学校で廊下を歩いているだけでそうだった。  すれ違う人達の視界に入らないよう、背中を丸めて速足で歩いていたお陰で、余計なことを考えずにすんだ。  とりあえず駅まで直行するつもりだったのだが。駅が近くなり気を抜いて顔を上げたところ、その手前にある二階の部分が全面ガラス張りのビルが目に入った。  ガラスの向こうの室内には煌々と照明がついているが、ミラーガラスのようで、中の様子は見えない。看板にはフィットネスクラブと書いてあるから、トレーニングジムのようだ。その下に書かれた、「深夜3時まで営業」という文字に惹かれて、ビルの前で足を止めた。  今回の映画では、上半身裸のシーンがある。仮にも俳優の端くれとして、痩せた薄っぺらい体をカメラの前に披露することには抵抗があった。かと言って元々筋肉がつきにくいので、家で少しばかり腕立て伏せや腹筋を頑張ったところで、それなりに見栄えのする体になるとは思えない。  ここのジムならスタジオから近いから、撮影で遅くなっても、帰りに寄って軽く汗を流すこともできる。午前中の演技レッスンのときに使ったジャージやシューズもデイバッグに入っていることを思い出し、今から見学だけでもできないだろうかと考えた。  あの二人には、終電に間に合わなくなると言い訳したけど、時間はまだ10時を過ぎたばかりで終電にはかなり余裕がある。ビルの前で暫しの間悩み、見学が無理でもパンフレット的なものだけでも貰って来ようという結論に達した。  エントランスを入ってすぐの1階が受付だった。カウンターには三人のスタッフがいて、二人は客の対応をしていた。手隙の女性と目が合い、「いらっしゃいませ」と声をかけられ、彼女の前の椅子へと腰を下ろす。  彼女の話によると、新年が始まったばかりのこの期間は、ちょうど入会金の半額キャンペーンをやっているらしい。月会費もそれほど高額ではなく、払おうと思えば払える額だった。  見学を兼ねて少し体験してみてはどうかと勧められ、今日を逃したら再び見学に来る勇気はなさそうなので、そうさせてもらうことにした。  ジャージに着替えて、トレーナーから目的に応じたトレーニング器具の使い方を教えてもらい、まずは胸筋を鍛えるマシンを使ってみることにする。 「今日は無理せず、まずは一番軽い負荷で色々マシンを試してみてくださいね」  そう言い残し、爽やか好青年なトレーナーさんはいなくなった。  その後も遊び程度に色々マシンを試していたところ。 「終電に間に合わなくなるんじゃなかったのか?」  聞き覚えのある声がし振り返ると、なんとそこには、トレーニングウェアを着た三間(みま)が立っていた。

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