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第13話 落ち人は恋にも落ちる

#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる のタグ企画にて、pome村様のイラストにSSを書かせていただきました。  申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら露天の商品をひっくり返し、何度も角を曲がり、走って、走って、走って。  ひたすら走ったその先に。   「もう……。逃げるの、何度目? ねえ、ヒロミ」    全速力で走っていたせいで息も絶え絶えな僕を待ち受けていたのは、子どもの悪戯を微笑ましく思っているような、そんな笑みを浮かべた男だ。    太陽の光に煌めく金髪。誰もが振り返る長身と甘い顔立ち。  けれど、その体はがっしりとしていて、重そうな装備を着けているにも関わらず軽やかな足取りで僕に近づいてくる。    騎士団長だというこの男。  こいつが僕の逃走計画における最大の障害だ。   「なんでいっつもいっつも先回りしてんだよ!」    僕は捨て台詞を吐き、くるりと回れ右をして来た道を駆け出した。   「また鬼ごっこするの? いいね、付き合ってあげる」 「いらん! ついてくるな!」 「えー?」    騎士団長はクスクスと笑いながら、僕との距離をわざと空けて追いかけてくる。  走る速度を上げても、その距離は広がることもなく、かと言って縮まることもない。  それは、ここ数日続いている逃走劇と変わらない。    街ゆく人たちは「また始まったのね」なんて言いながら僕の進行方向を開けてくれるのに、応援するのは追いかけている騎士団長だ。    ああもうッ……なんでこうなった!    すべての始まりは一週間前に遡る。  *  僕は小関博巳、二十七歳。  現代でひっそりと暮らすサラリーマンだった。  平凡の中の平凡。  キングオブモブ。  特筆するとすれば、ちょっと童顔なことくらい。    仕事は時々トラブルに見舞われることもあるけれど、基本的に定時出勤定時退社ができるホワイトな職場だ。  毎日無難にやり過ごし、たまの休みにちょっと遠出して写真を撮る。  そんな日々を送っていた。    日常が壊されたのは、一週間前。    その日は珍しく残業していて、帰宅していたのは終電も終わるころ。  家の近くのコンビニでご飯を買い、さあ帰るかと歩いていると、突然目の前に大きな穴が空いた。  気付いた時にはもう遅い。  僕は足を引っ込められず、そのままスコンと落ちてしまった。  落ちた先というのが、このグランソールという異世界だ。    これは流行りの異世界転移、勇者召喚か!    僕が勇者……。  憧れはあるけれど、面倒事はごめんだ。  僕は運動もできないし、ましてや魔物を倒すことも殺すこともしたくない。  助けを請われても断固として拒否するつもりだった。    けれど、僕を待ち受けていたのは歓迎ではなかった。    グランソールは勇者召喚なんてしていない。  しかも、僕が落ちたのは城の円卓の間で、ちょうど絶賛会議中。  言葉は通じず、言い訳もさせてもらえない。  ええ、はい、不審者として速攻で拘束されましたよ。    僕を拘束したのが、騎士団長ことネイサン・カーリス。    騎士の名門カーリス家の嫡男で、若干二十四歳ながら、その武術の腕と頭脳で騎士団長に登り詰めたという。  逞しい肉体に端正な顔立ち。  気遣いができ、品行方正。  超弩級の有料物件。    しかし、玉の輿狙いのご令嬢から求婚されるもすべて拒否。  理由は、同性愛者だからだ。  社交界デビュー時にカミングアウトしているが、諦めきれない女性は星の数いるという。    本人は同性愛者であることは悲観していないらしい。  この世界では珍しいことではなく、ごく普通のことだそうだ。  そのため、長男ではあるが、カーリス家の家督は速やかに妹へと移行したという。    好きなことは散歩。  好きな食べ物は魔牛のステーキ。  好きなものは可愛いもの。  嫌いなものは特になし。  夢は、運命の出会いをした人と穏やかに暮らすこと。    と、まあ、このほとんどは本人談だ。    拘束された僕は城の地下にある牢に閉じ込められたが、すぐに解放され、豪華な貴賓室に移された。  そこに食事を持ってきたネイサンは、聞いてもいないのに、僕よりも寛いでベラベラと喋っていた。    それに僕はふぅん……へぇ……と曖昧な相槌を打つだけ。  質問をするとすれば、今後自分がどうなるかだ。    ネイサンによると、僕は『落ち人』と呼ばれる異世界からの迷い人らしい。  世界はシャボン玉のような形をしていて、ふわふわと浮かんでいる。  時折世界と世界がくっついてしまうと、その接触面に穴が空く。  僕が落ちたのは、その世界と世界が繋がった穴だったというわけだ。    偶然による現象だから、元の世界に帰る術はない。  このままグランソールで暮らしていくことになるが、右も左もわからない状態で放り出すわけにはいかない。  僕が貴賓室に留め置かれているのは、この世界での保護者を決めているからなのだという。  翌日、ネイサンは自分が保護者に決まったと宣った。  僕としては保護してもらえるなら誰でもよかったけど、親切にこの世界のことを教えてくれたネイサンなら大歓迎だ。  そう思っていた。    けれど、その翌日、ネイサンはとんでもないことを言ってきた。   「俺の家に来たら、すぐに婚礼を挙げようね」 「……は?」 「だから、ヒロミと俺。結婚するの」 「はぁあああああ?」 「だって、それがヒロミの保護者になる条件だったんだもん。俺の伴侶の座を巡って権力闘争に発展してるらしくてさ。早く身を固めろって上がうるさかったんだけど、ちょうどヒロミが現れてね。ヒロミが相手なら喜んで結婚するよ」    常春を迎えたような、柔らかな微笑み。  幸せだと言わんばかりの顔に、僕は絶句した。    いやいや冗談じゃない。  確かにネイサンは良い人のようだ。  でも、僕としては、異世界でできた最初の友達という認識で、決して恋愛対象としてじゃない。  なのに、僕を伴侶にするだって?  いきなり関係を飛び越えようとするな!    その日の夜、僕は貴賓室をこっそり抜け出した。  例え困難が待ち受けていたとしても、望まない結婚なんかしたくない。    窓から逃げた僕は庭を駆け抜け、壁に空いた小さな隙間から城を抜け出した。  けれど、あっという間にネイサンに捕まってしまった。    なんで?  ネイサンは昼に働いていると聞いていた。  今は真夜中。  寝ている時間のはずなのに!    呆気なく捕まった僕は貴賓室に逆戻り。  ネイサンに寝かしつけられて朝を迎えてしまった。    それから毎日毎日、時間も手段も変えて逃げては捕まっての繰り返し。  そして、今日も……。  * 「はい、捕まえた」    後ろから抱き締められるように拘束され、両手にはガチャリと無慈悲な音を立てて木製の手錠がかけられた。  ゼェハァと必死に呼吸する僕は、ネイサンに何の文句も言えないままだ。   「お疲れさま。良い運動になったね」    息が乱れていないネイサンは、爽やかにそう言った。    いやいや、手錠をかけておいてそれはないだろう。   「はっ……外せ、よ……」 「駄ぁ目。部屋に戻るまでは外しません」    僕の頬をムギュッと掴んで無理矢理首を後ろに振り向かせたネイサンは、なぜかとても幸せそうだ。   「好きだよ、ヒロミ」    チュッと可愛らしい音を立てて、僕の唇にキスをしたネイサン。  このキスに嫌悪感を感じない。  むしろ、胸を擽ぐられたような心地になる。    一週間過ごしてきて、ネイサンのことをたくさん知った。  彼は同性の僕からしても好ましい。  少しでも彼の視界に入りたい。  もっと話したい。  その肌に触れてみたい。  蕩けそうな甘い顔に絆されて、人たらしな優しさに魅了されて。  僕はネイサンが好きになっていた。    逃げようとするのは、ちょっとした僕の意地だ。  ネイサンはそんな天邪鬼な僕に気付いているんだろう。   「僕も……」    小さく呟いた言葉は、果たしてネイサンの耳に届いた。  きちんと気持ちを返したのはこれが初めてだ。  言葉の意味を理解した途端、彼は破顔し、思いっきり僕を抱き締めた。   「ぐッ……ね、ネイサン!」 「ああ、ヒロミ……俺の運命の人。愛しているよ!」    強い力で抱き締められて苦しいけれど、公衆の面前でも構わずに愛を謳うネイサンが愛おしい。  僕は両手を拘束されながらも腕を伸ばし、ぎゅっと抱き付く彼の美しい金の髪を優しく撫でた。

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