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第2話 家族とともに

 愛しい人と寄り添い、可愛い卵をずっと抱いていたい。  でも、僕にはやることがある。  足元の卵を嘴でジャックの足の間に転がして収めると、彼はお腹の肉で卵をすっぽりと包み込んで温め始めた。 「こっちは任せろ。腹いっぱい食って、無事に帰ってこい」 「うん。行ってきます」  僕は後ろ髪を引かれながら海を目指した。  これからまた二百キロを歩いて海に行き、ご飯を食べるんだ。  それと同時に、ここに戻ってきた頃には産まれているであろう子どもの餌も確保しなきゃいけない。  卵を産んで疲れた体に鞭を打って歩いていると、僕以外にも卵を産んで食事に行こうとしている仲間たちがゾロゾロと群れを離れて行くのが見えた。  その中に見知った姿を見つけて僕はそちらに足を向けた。 「ハリー」 「パパ!」  ハリーは僕が五年前に産んだ長男だ。  そして、彼も僕と同じで卵を産める個体だ。  今年から繁殖する歳になり、幼馴染だったパトリックと番になっていたはずだ。 「初産お疲れさま」 「パパもお疲れさま。パパの産卵はずっと見てたけど、卵を産むのがこんなに大変だったなんて思わなかったよ」 「でもそれだけじゃなかっただろ?」 「うん、とっても幸せな気分だった!」  そう言ってパァッと顔を輝かせたハリーは幸せそうだった。  僕もそれを見て幸せな気持ちになった。 「頑張ってご飯食べようね」 「うん! 早く帰ってパトリックと子どもに会いたい!」 「僕も新しい子と初孫に会えるのが楽しみだよ」  よちよち、ペタペタと群れをなして海に行き、そこでたくさんご飯を食べて、子ども用のご飯も確保してまた陸に上がる。  途中、ヒョウアザラシに襲われて仲間が犠牲になったけれど、僕もハリーもなんとか無事だった。  なんとかコロニーに戻ると、ちょうど雛が孵るところだった! 「産まれていると思ってたんだけど」 「この子はのんびり屋さんのようだ」 「そうみたいだね。あ、ちょっと苦しそう」  内側からキュイキュイと鳴きながら殻を必死に破っている僕たちの子どもは、最後の大きな殻が破れなくて困っていた。  僕が嘴でそっと殻を摘んで取り除くと、キューイッと元気な声を上げて子どもが顔を出した。 「可愛い♡」 「そうだな、可愛い。お、初めての女の子だぞ」 「あっ本当だ! 長女ちゃんだね。名前は……リリーはどう?」 「いい名前だ。リリー、お前はリリーという名前だからな」  ジャックがリリーに言い聞かせると、彼女はキュッと返事をした。  それから長い間の絶食でガリガリになったジャックは僕と交代で食事に出かけた。  その間、僕は群れでおしくらまんじゅうをしながら胃の中に入れていたお魚をペースト状にしてリリーに与えて育てた。  リリーは元気にすくすくと育っていった。  ジャックが帰ってきて、また僕が食事をしに旅に出る。  それを何度か繰り返していると、リリーの巣立ちの日まであっという間だった。  ジャックが食事から戻ると、僕たちは三匹でぎゅっと団子になってその温もりを分け合った。  これからすることは何度もやっても心が引き裂かれるけれど必要なことだ。  そうしないと、厳しい自然界では生きていけない。 「リリー、愛しているよ。僕たちは先に海に戻るから追いかけておいで」 「父さんもパパもちゃんと待っているからな」 「うっうっ……頑張るぅ……」  泣きながら大人になろうとしているリリーは、所々毛が生え変わってはいるけどまだまだ大人の色になりきれていない。  それでも、大人になろうと必死に背伸びする姿には胸を打たれた。  離れがたくなる前に僕たちはフリッパーを振って別れを告げた。  僕は何度も後ろを振り返りながら、ジャックと並んで海を目指した。  お腹が空いているだろう、僕たちと別れて不安だろう、もし天敵に襲われたら……と気が気ではなかった。  そんな僕にジャックは嘴をカタカタと震わせた。 「俺たちの子どもだ。きっと大丈夫」 「うん……、そうだね。きっと大丈夫」  魔法の言葉を口にして、僕はしっかりと目の前に広がる海を眺めた。  母なる海は僕らを呼んでいた。  僕はジャックと目を合わせて頷くと、どこまでも広がる海に飛び込んだ。

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