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3 父は月下老人に祈りを捧げるのこと

 香月は息子を座敷牢に閉じ込め、部屋で夫と向き合った。 「ねえ、あなた。最近は賊の数も増えてきてます。このままじゃ金玉を守り切れませんわ」 「うーむ。困ったもんだ」  耐雪は、腕組みをしていった。 「ねえ、おまえ。金玉に武芸の練習をさせようとしたことがあったろう」 「ええ、あの子が貞操を守れるように、ですね」 「でも、師範はみな金玉に熱をあげてしまった。一ヶ月もすれば『息子さんをお婿にください!』だ。武人は男色家ばっかりなのだろうか?」 「もちろんそうに決まってます! 三国志も水滸伝も男色物語なのです!」  香月は、いやにきっぱりと断言した。 「それで金玉は、満月の夜は座敷牢に閉じこもって暮らすようになった……こんなことでいいのだろうか?」    夫婦の間に、重苦しい沈黙が訪れた。  血がつながってる者は、金玉の色香に惑わされない。親戚の何人かとは、平気で接することができるが、このままでは仕官《しかん》もままならない。 「――私、考えたんですけれど」 「なにかね」 「やはり、金玉が童貞なのが、いけないと思うんですの」 「童貞って……」 「ほら、生娘には不思議な力があるっていうでしょう。一角獣を引き寄せたりね。それと同じ力が、童貞にもあると思うんですの。  男は生娘に種付けしたいと思うんでしょう? 未踏の処女地に足を踏み入れたいんですよね? それと同じですよ。  男はみな、童貞の後庭にひきよせられるんです。そこで秘密の花園を、思うがままに蹂躙したいと願うのです」  香月は、説得力があるようなないような話を熱弁した。  「ですからね、金玉が筆おろしをして、童貞喪失すれば、きっとあの呪いも解けると思うんです」 「童貞も、人生の道程のひとつだろう?」  耐雪は、妻があまりにも童貞童貞と連呼するので、過去のコンプレックスを呼び覚まされたように感じた。 「そう、ですから、いかにして童貞喪失するかなのです!」  香月はまなじりをキリッとあげて、こぶしを固めた。 「そのへんの侍女で童貞喪失するなんて、あってはならないことですわ。金玉には、とびきりのお相手を見つけてあげないと。  そうね。経験豊富で、床上手な方がいいわ。十歳くらい年上でもいいわね。あの子を優しく導いてくれる方がいいわ」  香月は、うきうきと婿入りプランを考え始めた。 「……話は変わるが、あの子の名前なんだが……」 「いい名前でしょう?」 「わたしは宝玉《ほうぎょく》と名づけたかったんだが……」 「ええ、それもいかにも貴公子ってかんじで、すばらしいわね。でもやっぱり男の子なんですからねえ。金と玉がみなぎってるって感じで、いいでしょう?」  耐雪は、金玉の不可思議な呪いは、母親が「こう」だからではないかと考えていた……。    だが、彼は妻を非難することはできなかった。  かつて彼は、都である薄い本を見つけた。そこには、自分の理想があますところなく具現化されていた。  ――なんて素晴らしい本なんだ。これこそ我が夢。わたしは一生、この方に奴僕《ぬぼく》としてお仕えしよう。本の売り子でもなんでもしよう。さあ、まずは全作品購入して、サインをもらおうか――そう思って出かけた先にいたのが、今の妻だったからである。  女性だったのか……!  このくんずほぐれつで、体液にあふれた、ふたなり作者さまが?  ちなみに、その作品は今も大切にとっておいてある。  耐雪は胸苦しくなって、窓をあけた。  夜空には、こうこうと満月が輝いている。  ――ああ、嫦娥さま、私たち夫婦がいけなかったのでしょうか。どうかお許しを……金玉には何の罪もないのです……。  その時、ふとひらめいた。  月には、もう一人、神さまが住まわれている。  ――月下老人、月下老人!  どうぞ金玉に似合いの相手をお授けください!  あの子が幸せになれば、私たちはそれでいいんです……。  月下老人とは、男女の縁を赤い縄で結んでいるという、仲人専門の神さまだ。  父の祈りに応えるかのように、きらっと流れ星が光った。

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