16 / 22
15 肝油は妻を奪い返さんとして、白猿に挑むのこと
金玉は申陽に迫られ、どうしていいかわからなくなった。
わーっ、どうしよどうしよ。
そしてぎゅっと目をつぶって……何も起こらない。
不思議に思って目をあけると、申陽は外の方を見てこういった。
「妙な音がするな」
――風鈴だろうか。
いや、そうではなかった。
金玉が申陽の視線の先を見ると、黒闇の森のなかを、あかあかと燃える火が、少しずつこちらに移動しているのが見えた。
「――旦那さま、大変です!」
カラスがばさばさっと露台に飛んできて、人の声でいった。
「どっかの兵隊たちが、おおぜいこちらにやってきてます! 夜襲なんじゃないですか?」
「なぜだろう。太平の世はずっと続いているのに」
金玉は「必ずおまえを迎えにくる」といった肝油の言葉を思い出した。
「きっと、あの山賊だよ。危ないから、早く逃げよう」
「なーに、落ち着いて話し合えばわかるさ。とりあえず、出迎えの準備をしよう」
「ち、ちょっと……申陽さん?」
申陽は根っからの平和主義者で、話し合いによってことは解決すると信じきっていた。
――というわけで、申陽は洞窟の外に出て、かがり火を燃やし、歓待の準備をはじめるのであった。
「あの人たちも、長い道中をやってきて、お疲れだろう。
お茶でも飲んでいただこう」
そして、召使いといっしょに茶器を用意している。
「おしゃべりしにきたってわけじゃなさそうだけど」
「まずは、相手方の話を聞かないとな」
それはそうかもしれないが……。
ほどなくして、松明を持った兵たちが近づいてきた。
将軍が、朗々たる声でいった。
「やあやあ、我こそは肝油大将軍なり。
女を誘拐し、ほしいままに狼藉を働く妖怪とは貴様のことか。
成敗してくれようぞ!」
兜をつけた肝油が、芝居がかった調子でいっている。
せっかく夜討ちしてるのに、奇襲の効果はゼロだ。
「――肝油!」
「おお、金玉。我が妻よ。無事だったか?
いや……ちがうな。
きっとおまえは、もう猿に辱められてしまったんだ。
朝昼晩と限りなく淫を尽くして、腰も立たないようになったんだろうな。
そしてあまつさえ、化け物の子を妊娠しているとか……くそっ!
ああ、これが|NTR《寝取られ》というやつか……新境地だな!」
相変わらずであった。
「何いってんだよ! ぼくと申陽さんは、そんな関係じゃないから!」
「おお、そうかそうか、じゃあすぐに帰るぞ」
肝油はつかつかと、金玉のもとへやってきた。
「いやー、大変だったんだぜ。
あれから役所に訴えて、住民運動を起こして、やっと化け物討伐の許可を得たんだ。
それで官位を買って、兵たちを訓練して、おれは討伐隊の将軍様ってわけだ。
これでもう、おれはチンケな山賊じゃねえ――結婚してくれるな?」
「あの、すみませんが……金玉くんは私の婚約者ですよ」
申陽が話に割って入ってきた。
「うわー! やっぱりな!
昔からこの国では、猿=エロい動物と決まってるんだ!
化け物猿が、金玉に何もしねえわけはねえ!
ああ、おれがもっと早く迎えにきていれば……」
間一髪のところで間に合ったわけであるが、肝油はそれを知らない。
「肝油将軍、お言葉ですが……。
彼の方から、私に歌を贈ってくれたのですよ」
それは恋文を渡すのと、ほとんど同義である。
「なんだとっ?」
「教えてあげましょう――」
申陽は「フフン」とばかりに、落花生の歌を詠みあげた。
「……このアバズレ! スベタ!
よくもそんな汚らわしい歌を詠みやがったな!」
肝油は無学文盲《むがくもんもう》だったが、恋愛のことには聡《さと》い。
たちまちその意味をくみとって、激怒した。
「ええっ? ただ、ぼくはふざけて――
だいたい、ぼくはあんたの妻でもなんでもない!
あんたがぼくを誘拐しただけだろ! なにが将軍だよ!」
「うわーっ、おれの清らかで純潔な新妻が!
ぼくを剥いて食べて咥《くわ》えてだなんて!
この化け物猿と、どんな遊戯《プレイ》を楽しんでたっていうんだ。
猿《ましら》の巨根にひれ伏したっていうのかよ!」
周囲の兵士は「将軍の家庭内のことに口を出すのも……」と思って、黙っていた。
そこへ、涼やかな声が響いた。
「ずいぶんと騒がしいことですね」
「まあまあ、どうしたんですの」
琳倫と宝砂が、身支度を整えてやってきた。
さっきまでの痴態は、まるで夢であったかのような、楚々とした振る舞いである。
兵士たちは、その天女のような美しさに、思わず息をのんだ。
知らぬが仏である。
「――あのー、すみません。
もしかして、曹《そう》家の琳倫さんと、賈《か》家の宝砂さんですかい?」
先に、肝油について金玉を追いかけてきた子分が、ひょこっと顔を出して、尋ねた。
「ええ、そうですわ」
「私たちを知っていますの?」
「親御さんたちが『おまえたちの仲を許すから、帰ってこい』と仰ってますよ。
あっしと一緒に、街に戻ってくれませんか?」
「まあ、うれしい!」
「これで私たち、晴れて一緒になれますわね!」
琳倫と宝砂は、手をとりあって喜んだ。
「曹家と賈家だって? すげえ金持ちの家じゃねえか」
「まったく、親分はぼんやりしてますね。
あんな美人が、そうそういるわけないじゃないですか」
「そうか。おれは美少年にしか興味がないからな」
自分が意識しているものしか目に入らない――これをカラーバス効果という。
お風呂に入って、赤いボールを湯に浮かべることではない。
「ま、これであっしは、両家からたんまり謝礼をもらえるってことですよ」
意外と、抜け目のない男であった。
琳倫と宝砂は、自分たちの愛を貫くため、駆け落ちをして家を飛び出していたのだった。
今、二人は公認の仲となり、赤い縄でしっかと結ばれることになった。
なんとめでたいことであろうか。
――だが……。
男三人の、恋の行方は?
待て、次回!
カクヨムで先行公開中です。
https://kakuyomu.jp/works/16818093082463824652
現在、29話までアップしています。
ご縁があれば読みにきてくださいね!
ともだちにシェアしよう!