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第1話 オキン邸宅へ避難せよ
食料などを買い込み、引きこもり(台風)に備える紅葉街の住民。メリネが居座る可能性も考え、最低でも三日分は用意しておくのが基本。
小雨の降る日。手荷物を持ったフリーとニケはキミカゲに連れられ、避難所(オキン邸)へ訪れていた。
簡素な策に囲まれた広大な敷地に、黄昏旅館を見たはずのフリーが口を開けて呆然としている。広い。あの高級旅館といい勝負ではなかろうか。
苦笑してフリーの背を押す。
「さ。フリー君。中に入ろう」
「お、お邪魔します……」
乗り物が歩き出すと、ニケはちらっと着物の中から顔を出す。
入り口のすぐ近くに井戸がある。竜が守っているおかげで、井戸に何かが投げ込まれた事件が起こらないのは良いことだ。
秋の花のつぼみが揺れる花畑。それを抜けると見えてくる建物。
フリーは終始きょろきょろしっぱなしだ。
(すごい……。百雷涙雨(俺の雷)の範囲より広い)
なぜか壊すことを考えているフリーに気づかず、キミカゲは玄関の戸を叩く。
「こんにちは」
「お待ちしてましたよ」
すぐに戸が開いた。出迎えてくれたのは口元のほくろがセクシーな赤髪の女性。……なにやら会いたくないヒトでも訊ねてきたかのように、強烈に顔をしかめている。
フリーはぺこっと頭を下げた。
「初めまして。俺は……」
そこで言葉は遮られた。
「あー。自己紹介はボスの前で纏めてやりましょう。ここヒトが多いんで、何回もするの面倒臭いでしょ」
赤い髪をなびかせ、身を翻す。
「ついてきてください。……先に言っておきますけど、襖を開けたら首絞めなきゃいけない部屋もあるんで。勝手は控えてくださいよ」
蛇に似た眼光に、フリーはこくこくと頷いた。ニケも小さく頷き意を示す。
なんで犬の子は着物に入っているんだろうと思いつつ、ペポラは廊下を歩く。
キミカゲはにこにこと話しかける。
「元気にしてたかい? ペポラ君は不調とか」
言い終えるより早く、肩越しに振り返る。
「キミカゲ様は怪我無くて良かったですよ。維持隊は解体させなくて、本当に良かったんで?」
「あ、あの。あまり責めないであげてね? 彼らには彼らの……」
分かっていたと言いたげに最後まで聞かず、ふんと鼻を鳴らす。
「なら、いいんですよ」
立派な邸宅内に目を奪われつつ揺れる赤髪についていくと、美しい襖の前で立ち止まった。
「ここが食事場兼ボスの執務室……のような大部屋です。入ってください」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します」
「……わうう」
ニケの震えた声が可愛い。にやけそうになるのをこらえ、ニケの頬を触る。ぷにぷに。ニケは白い指が触れてきてくれたことで恐怖が和らいだようだ。ぎゅっとその指を握る。
襖の奥に広がるは長方形の部屋。見事な畳が敷き詰められ、正面の壁に「慈烏反哺(じうはんぽ)」という何とも感想が言い難い横断幕? が飾られその下に座すは――
「よく来た」
生物の王とは思えないほど黒く地味な着物に身を包み、胡坐の上に肘を立て頬杖をつく男。
黒髪に銀の瞳。薄羽竜・オンオーシャンマキスデン。
竜角も竜尾も翼すら見当たらないが、彼を竜なのかと疑う者はいないだろう。魔物など比ではない。魔物と戦いなれたフリーが見ても、絶対に敵わないなと思わせる威厳がある。
「あばばばば……」
着物の中でニケが泡を吹いている。くっ。庇護欲が湧く。なんて可愛いんだ。
中に入ると背後で襖が閉まる。ほんのりと漂うお香のような香りに、フリーはほっと息を吐く。
部屋の中央あたりで正座するキミカゲにならい、フリーも腰を下ろした。膝を立てて座るいつもの体操座りだ。
後ろから歩いてきた赤髪の女性が二度見してきたが、何も言わずボスの斜め前に座る。
一段高い場所にいるオキンは一同をさらっと眺める。
「これで全員か?」
ほへーと竜を見ているフリーを尻目に、キミカゲは首を振る。
「もうひとり来る予定なんだけど」
遅刻、だろうか。時間ギリギリまで待ったのだがリーンはくすりばこに来なかった。
「星影の子が、ちょっと遅れてくるかもしれない」
「ほう。星影族とな」
才ある者、珍しい者を好むオキンが反応する。
「それは良い。精霊に近いやつらと話したいことがある。どんな特徴のガキだ?」
キミカゲは瞬きする。
「なんで子どもって分かったの?」
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