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第2章 天使と恋する時間4
「いや、ねえけど……でも、なんで俺なんだよ? おまえなら、よりどりみどりだろ。わざわざ俺なんか選ばなくてもいいはずだ」
自分の容姿が優れていないことは重々承知している。映画やドラマの撮影で、そんじょそこらの田舎をのんびり歩いてる通行人Aに抜擢される。可もなく不可もなく地味な容貌をした普通の日本人。特別なんて言葉とは縁もゆかりもない。
対して尊は栗色の巻き毛に針葉樹の葉を思わせる緑の目をして、まるで絵画の中にいる天使みたいだ。子どもの頃の中性的な愛くるしさから、年相応の美少年になっている。いずれ大人になれば美形となり、女も、男も魅了するだろう。
「……葵ちゃんが可愛いから」
「はあ? 俺が?」と自分を指で差す。
「うん」
頬を赤く染めた尊が頷き、はにかんだ。
俺はなんだか腑 に落ちなくて顔をしかめた。
「あのなあ……可愛いって言葉は、おまえみたいなやつに使うんだよ。俺みたいな平凡野郎に使う言葉じゃねえ」
「そんなことないよ!」と尊が俺の両手を摑んだ。「葵ちゃんの笑った顔が可愛いし、仕草とか、行動、言葉なんかも僕にとっては可愛いんだから!」
急に熱弁を振るう尊に若干、引きながら「お、おう、そうなのか?」と返事をした。
「そうだよ!」
ズイと尊が身を乗り出してきた。めちゃくちゃ近くに尊の人間離れした綺麗な顔があって、思わずギョッとする。
「僕にとっては、葵ちゃんはすっごい魅力的で、素敵なんだよ!? そこにいてくれるだけで胸がドキドキするし、笑いかけてもらえたらもうそれだけで天にも昇るような思い出一日幸せって感じなんだ。お昼にご飯を美味しそうに食べる姿も、昼休みに机で昼寝してる姿も胸がドキドキする、バスケしてて応援してもらえれば百人力だし、試合中も観客や敵チームの声がホールいっぱいに響いても葵ちゃんの『頑張れ、尊』って声がわかって……」
「わかった、わかったよ!」
胸の前で両手を出しながら「落ち着けよ!」とマシンガントークをやめてもらうようにする。
眉を八の字にした尊は、しゅんとするとおとなしくベンチに座り直した。
人から褒められることなんて、ほとんどない。褒め慣れていないから、なんだかムズムズして恥ずかしくなる。顔が熱い。
「それくらい葵ちゃんのことが好きなんだよ。――本当は、言葉で言い表せないくらい、きみのことを『好き』なんだ」
「熱烈に思ってくれて嬉しい。けどさ、おまえが俺を好きになったきっかけってなんだよ? 俺、そんな人から好かれる要素なんてねえぞ」
子どもの頃から、しょっちゅう人と衝突して喧嘩ばかりしてきた。それは中学生になってからも変わらずじまい。尊のおかげでバスケのメンバーやクラスでもやっていけてるけど、尊がいなかったら毎日周りの人たちと口論ばかりしていたと思うんだ。
後、さっき事故りそうになったときみたいに、すぐ見境なくイタズラを考えついて実行したり、調子に乗るところがあると自覚している。両親からも「これだから尊は」と呆れられている。
尊はふわりと微笑んで「そんなことないよ」と俺の自虐を否定した。「葵ちゃんが自分で気づいてないだけで、葵ちゃんのいいところはいっぱいあるよ。動物や人に優しいところとか、まっすぐで強いところとか、上げたらきりがないくらい!」
「おまえ、そんなに俺のこと褒めてもなんもでねえぞ」
すると尊は顔を少しうつむかせて「それは、ちょっと困っちゃうな」とつぶやいた。「……葵ちゃんは僕のことが嫌い?」
「……嫌いじゃねえよ。嫌いなやつとつるんだり、毎日一緒に話したりするわけねえだろ」
「それなら、よかった。……だったら、少しでも僕のことを好きな気持ちがあるんだったら……僕の恋人になってほしいんだ。その……気持ち悪いかな?」
「べつにお前のことを気持ち悪いとかは思わねえよ。けど……」
俺は手の平の中にある飲みかけのサイダーのボトルへと目線をやった。汗でじっとりして、熱くなっている手のひらを冷ますために、ペットボトルを握りしめる。
「けど?」と隣から尊が不安げな声で問いかけてくる。
だけど不安な気持ちは俺だって一緒だ。
「付き合うって手ぇつないでデートしたり、ハグしてほっぺにチューだけじゃねえんだろ? 唇にキスしたり、その……エッチなこととかも、ゆくゆくはするんだろ……? そりゃあ、おまえのことは好きだけどさ……先輩がふざけて見せてきたゲイビデオみたいなことをするのは、なんかな……って感じがするし。もし、何かの拍子で別れたりしたら、もうおまえと二度と話せねえのかなって……それは、めちゃくちゃ、やだなって思うんだ」
「そっか、じゃあ約束するよ」
「約束?」
なんだろうと思って俺は目線を上げて、尊の顔を見つめる。
「うん。もし別れたとしても、葵ちゃんとは何事もなかったみたいにする。だから友だちでもなんでもない他人同士ってことにはならないよ。別れても普通に友だちに戻るだけ」
「でも、それじゃ、おまえがつらくなるんじゃねえか?」
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