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番外編: Homunculus [10]

 そうこう思いつつアーロンの後をつけていくとアーロンがコートのフードを被り目立つオレンジ髪が見えなくなった。そして花街へと入っていく。  店じまいをしていた市場とは打って変わり、花街はたくさんの明かりが灯り、行き交う人も多かった。 「あいつ、コソコソとこんな所に!」  アーロンを見失わないように必死に追いながらもクラウスから堪えきれない怒りが漏れ出た。 「いや……隊長も大人の男ですから……」  フォローのつもりで軽く口を挟むとクラウスはウィルバートを睨みつけてきた。 「アーロンが、娼婦を買うと言うのか?! あのアーロンがっ!」 「いや……」  ウィルバートは迷った。  過去にアーロンには「ウィルバートは娼館に行ってる」とマティアスにバラされたことがある。その時はマティアスに大泣きされたのだ。その仕返しに今度はアーロンのアレコレをクラウスにバラしてやろうかと頭をよぎる。 「ど、どうなんですかねぇ……」  迷いつつもウィルバートは密告をひかえた。  十年も前のことを根に持つのも大人げない。何よりこのクラウスが動揺した場合、何をするか未知すぎて恐怖を感じたからだ。マティアスやイーヴァリしかり、この血族は一度激情に駆られると何を仕出かすかわからない。 「あっ……!」  声を上げたクラウスの視線の先を見た。アーロンがとある店先に立っていた男と短い会話をし、その店に入っていった。それ大きな建物で明らかに娼館の類だ。ウィルバートは知らないので割と新しく商売を始めた店なのだろう。 「くそっ! 行くぞっ!」  アーロンの後を追いその店に入っていこうとするクラウスをウィルバートは慌てて引き止めた。 「だ、駄目ですっ」  腕を掴んできたウィルバートを怒りに満ちた表情で睨み返すクラウス。王子であるクラウスの腕を強引に掴んだことは確かに非礼に欠ける行いだっただろう。だが、ウィルバートには引けない理由がある。 「私は陛下と婚約している身です。このような場所には立ち入れません」  きっぱり告げたウィルバートの腕を強引に振り払い、クラウスは言い捨てた。 「だったら勝手に帰れ!」  そのままクラウスは迷いなくその娼館へと入って行く。  無理矢理引っ張ってきたくせになんて言い草だ。しかしこんな花街に護衛も無しで王子を一人残して帰る訳にもいかない。まだ十九歳の世間知らずの王子。さらに言えばその価値観は二十年前のままなのだ。 「……こんの……クソガキがっ!」  ウィルバートは小声で悪態を着くとクラウスを追って仕方なく娼館へと入った。  娼館内は広々としたロビーに客と着飾った娼婦達でごった返していた。何やらよく知る娼館の雰囲気とは違う。その人の合間の先にクラウスを見つけて駆け寄った。 「アーロンと言うオレンジ髪の男が来ただろう。私はその者にここへ来るように言われて来たんだ」  いけしゃあしゃあと嘘を吐くクラウスに店員らしき男は戸惑いながら対応している。普通に考えたら娼館で待ち合わせなど有り得ない。 「あ、あの……失礼ですが……クラウス殿下でいらっしゃいますか……?」  ここアルヴィンデール王国には王族の肖像画が至る所に飾られている。クラウスもまた同様であり、その肖像画にそっくりな人物が目の前に現れ店員はおどおどとしながら確認してきた。 「そうだ」  クラウスは迷うことなくそれを肯定し、その回答に店員は目を輝かせた。 「あぁ! 我が店にあの伝説のクラウス殿下がいらっしゃるとは、なんたる光栄! それではそちらはひょっとして……マティアス陛下のご婚約者様でございますか?!」  店員がウィルバートに向けた目をさらに輝かせて問う。 「なんだ、結局来たのか。ウィルバート殿」  店員の問いかけにクラウスは振り向きウィルバートを見ると何のためらいもなくその名を口にした。 (……最悪だ)  ウィルバートだけなら誰も気付かなかったかもしれない。だがこの目立つ男と一緒にいると素性が簡単にバレる。 「それよりアーロンだ。どこにいる」 「ええ、どうぞどうぞ、こちらでございます」  店員はニコニコと笑みを浮かべながら二人をホール奥の大きな扉へと案内した。  このままアーロンが娼婦と過ごす部屋まで案内されるのだろうかとウィルバートに不安が立ちこめる。  元上官の情事に立ち入るのは気が引けるし、何よりアーロンに惚れているらしいクラウスがそれを見てどう立ち回るのかを思うともはや恐怖だ。  しかし扉の向こうは意外にも劇場のような場所だった。広さは客席が十列程度と大きくはなく、その客席が半円形に囲んだ前方に舞台があり、大型のランプかあちこちに灯されている。 「どうぞ、こちらのお席に」  店員は舞台右側端の箱状に囲まれた貴賓席に案内した。ゆったりとしたソファにクラウスが迷うことなくに腰を下ろす。ウィルバートは従者のように側に立った。 「で、アーロンは?」 「ええ、すぐでございますので、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」  店員はそう言い残すとそそくさとその場を立ち去った。  どのような劇をやるのか。ウィルバートはさりげなく辺りを見渡した。おおむね客席は埋まり、ここと同様の箱型の席には娼婦連れで見に来ている客もいた。人目があるにも関わらずベタベタと女に触っている。 「ご来場の皆様、本日も当館へお越しいただき誠にありがとうございます」  すると演者らしき人物が一人舞台に立ち、低く落ち着いた声で客席に向け挨拶をし始めた。 「本日最初の演目は、とある伯爵に嫁いでまだ一年のうら若き妻。高齢の夫では満足出来ず、毎夜疼く若いカラダを持て余しております。皆様、彼女のはしたない姿をどうぞご覧くださいませ」  演者の口上を聞き、ウィルバートは慌ててクラウスの耳に向かって小声で話した。 「殿下、出ましょうっ! ここはいかがわしい見世物小屋ですっ!」 「だが、あの店員はアーロンをここに連れてくると……」 「ですが、私はこのような場所に留まる訳にはいきませんっ」 「だったら外で待っていろ。私はアーロンと合流してから出る」  尻から根が張っているようにクラウスはソファから立ち上がる気がない。そうこうしているうちに舞台には透けた衣装を身に着けた女が出てきてしまった。 「では、私はホールでお待ちいたしますっ」  ウィルバートはクラウスにそう告げると急いで劇場から出た。

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