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番外編: 淑女の集い
「嗚呼、陛下……」
寝台に押し倒されたウィルバート様はマティアス様を潤んだ瞳で見上げました。
「お前は今宵も可愛いな。ウィルバート」
マティアス様は長く美しい黄金の髪を掻き上げ、美しい笑みを浮かべました。そしてその美しい指先でなぞるのはウィルバート様の逞しい胸板。
「あっ……陛下っ」
ウィルバート様が熱く吐息を漏らすとマティアス様はウィルバート様に顔を寄せ囁きました。
「二人きりの時は名で呼べと言っているだろう? ウィルバート」
「も、申し訳ございません……マティアス様」
「いい子だ。ウィルバート」
ご褒美に麗しのマティアス様から与えられる熱い口吻。それによりウィルバート様の身体はさらに熱を帯び始めたのでございます。
「マティアス様……どうか、どうか今宵はお優しく……」
「何故だ? 昨晩はあんなに乱れて私を欲しがったくせに」
「だ、だからです……。あんなはしたない姿を貴方の前に晒してしまったなんて……」
「フフ、愛い奴め」
マティアス様はそう呟くとウィルバート様の唇を激しく吸い、美しく筋肉が張ったその身体を撫で回し始め、
―――
「えっと……これは……」
ニーナは内容に耐えきれずその紙から視線を上げ、目の前にいる二人の淑女を見た。
「アダさんがお書きになったのよ!」
嬉々としてそう伝えてきたのは伯爵家のご令嬢ミラ。縦に巻いた金髪を真っ白なレースのリボンで飾り、同じく白いレースをあしらったピンクのドレスを身に纏った典型的なお嬢様だ。
「あ、あのっ、その……すみません……」
作者だとバラされたアダは真っ赤になり俯いた。黒に近い茶色の髪に落ち着いた濃紺のドレス。長めの前髪で目を隠した引っ込み思案な印象の彼女だが身分は侯爵令嬢だ。
二人はテーラーアールグレンの顧客の娘。年齢は二人とも十六歳。異国からやってきた歳上のニーナに興味を示し、たまに三人でお茶をする関係になった。今日はミラの邸宅に集まっている。
「私ね、アダさんのこのお話を読んで素晴らしいと思ったの!」
ミラは目を輝かせてニーナに語りかける。
「陛下はとてもお美しい方ですし、ウィルバート様は実に逞しいお方ですわ。称号ではウィルバートは『お妃さま』になられる訳ですけども、きっと陛下がその……『妻』なのではないかと。……まあ、そのようなこと口には出しませんけど、きっと皆さんそうお思いよね」
「そ、そうですかね……」
これは何の話なのだろうか。ニーナはそう思いつつも顧客のご令嬢達を無下には出来ず適当に相槌を打つ。
貴族の若い娘たちはこんな際どい話を作り読み回しているのかと内心驚愕している。登場人物名の偽装もしてないシロモノ。見つかれば不敬罪になる気がしてならない。
「でもね、アダさんのこのお話を読んでこの可能性を提示された時、私、私っ! 目の前がパァーッと開くような感覚がしましたのっ!」
ミラはさらに興奮し、目を見開き頬を紅潮させ演説を続ける。早口で。
「ウィルバート様はもはや伝説の英雄ですわ! 愛する陛下をお守りする為に輝飛竜に立ち向かい、バルヴィア山でも陛下とともにあろうとした。そんな男の中の男であるウィルバート様が、ベッドの中では……つ、『妻』だったらなんて思ったらっ! さらに胸が高鳴ってしまって!」
「あ、あのっ、私はどちらもあり得ると思うのです……」
ミラの興奮をたしなめるようにアダが静かに口を挟んだ。
「マティアス様はやはりお美しい方ですし、あのお姿にときめく殿方も多いかと……。こ、この話はあくまで私の願望で……」
「そうなの! 私たちでは真実はわかりませんの! だからね、ニーナさん! ニーナさんはどう思います? ニーナさんはウィルバート様をよくご存知でしょう?!」
ニーナは二人の期待している顔を向けられ困惑した。
「えっと……私は……」
ニーナはウィルバートことカイに想いを寄せていた。
ニーナが知るカイは何かに執着せず飄々と生きている男だった。適度に女遊びをして誰か一人を一途に愛するタイプではなく、そう言う意味では関係を持たなかった自分はカイの中では他の女とは違う位置立っていると優越感もあった。
カイを追いかけこのアルヴィンデールまでやってきたが、結婚出来なくても家族のように一緒にいられるならそれで良かった。
しかしカイはこの国で国王マティアスに出会い豹変した。驚くほどの執着心を見せたカイ。マティアスを見つめるその瞳はニーナの全く知らない男のものだった。いや、違う。服を作る時だけ仄かにあの瞳をしている時があった。そんな気がする。
ニーナはカイのことを何も知らないのだ。ずっと見つめていたけど、何も分かってなかった。
マティアスの誕生日祝賀会で輝飛竜に立ち向かって行ったカイの後ろ姿が忘れられない。誰よりも勇敢で誰よりも美しいと思った。
マティアスの為なら何でも出来る。命すら惜しまない。そんなカイの強い意思が溢れ出ていて、何も知らないニーナにもその想いはひしひしと感じ取れた。
「……何でも出来る。……マティアス様の為なら」
「ニーナさん?」
小さく呟くニーナをミラとアダが不思議そうに見つめてくる。
(もしも陛下にそういう意味で求められたら、カイはきっと……)
ニーナは顔を上げ二人に視線を向け、きっぱりと宣言した。
「このお話のような二人の関係。可能性はあると思います」
ニーナの答えにミラとアダは手を取り歓喜の声を上げた。
それからわずかひと月程度で貴族の淑女たちの間ではウィルバートは公私ともにマティアスの『妃』であると噂が広がった。
完
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