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3.美術館前

   怪盗アンノウンが明日開かれる展示会に盗みの予告状を送ったという話は、すぐさまマスコミにも取り上げられて話題になった。  街の人々も一目アンノウンを見ようと、中央美術館前に集まっている。  中央美術館はこの街の中でも一番大きな美術館であり、様々なイベントを行う三階建ての白塗りの建物だ。  クーゲルも様々な種族の雑踏に紛れ、ロウとの約束通りの時間に待機する。   「随分派手な催しだ。しかし、美術館側もデメリットだけじゃない」  クーゲルが呟くと、その通りという美しい声が聞こえてくる。  気付くと、隣に美しい娘に扮したロウが立っていた。  アンノウンが現れると賑わっていなければ、皆振り返って彼を見つめて動けなくなりそうなほどの美貌を晒していた。  闇に紛れているおかげで人目を逃れているようだが、月明かりがほんのりと美しいアクアブルーの髪を照らしている。 「警備員に成りすまさなくていいのか?」 「群衆に溶け込めばそれでいい」  ロウにとっては意味をなさないであろう変装で単純にクーゲルに見せにきただけなのだと察したのだが、クーゲルも突っ込まずにはいられなかった。  ロウの能力の一つで自分が見せる姿を相手に認識させないという能力があるらしい。  ただ、ロウが本来の姿を見せると意識している相手には普通に認識させることも可能らしい。  クーゲルは何故かその一人のため、どんな変装をしたところでロウだと分かってしまう。    危険を冒してまでクーゲルに見せるものでもないと思うのだが、ロウは自慢の顔を武器にやたらとクーゲルに迫ってくる。  クーゲルの心には全く響いていないことを知っても気にも留めずあの手この手で攻めてくるので、クーゲルも少々煩わしく感じていた。   「紛れていない。目立っている」 「何、心配してくれてるの?」 「くだらないことを言っていないで、さっさと行ってこい」  クーゲルが無表情のまま促すと、ロウは満足気な笑顔だけ残し今度こそ群衆の中へ消えてしまった。  影を見送り、クーゲルも群衆から離れる。    ビルとビルの隙間の壁へもたれかかり、胸ポケットから煙草の箱を取り出すと慣れた手つきで一本咥える。  安物のオイルライターで火をつけ、口内で煙を堪能してから肺へ取り込み煙で満たしていく。  そしてゆるりと吐き出した煙が灰色の空へ上るのを何となしに眺める。クーゲルの普段のルーティンだ。    喧騒から離れたこの場所は(すた)れた街の中に埋もれており、黒服のクーゲルが立っていても煙草の灯りがほんのり暗がりに浮かぶ程度だ。  意図的に起こされたビッグイベントに辺りの群衆は夢中で、警備も群衆に気を取られているためクーゲルの現在位置は完全に死角になっている。  足元に無造作に置かれたバッグも見事に闇と一体化しているくらいだった。  美術館内部の警備を厚くしているせいか、外部の群衆一人一人をチェックする労力は割いていないのだろう。 「お集りの皆さん、ご安心ください! 警備は万全です。美術館の警備員と私が個人で雇ったガードマンたちがいれば、怪盗アンノウンと言えど簡単に盗むことはできないでしょう」  仰々しく喋っているのが、クーゲルのターゲットでもある資産家だ。  一見すると美形な優男に見える。  だが、その正体は裏で違法な薬物を売買して財産を築いた男で各方面から暗殺依頼が届いていた。  警察関係者の手に負えない犯罪者は警察からも賞金がかかるため、バウンティーハンターにとっては稼ぎどころだ。 「さて、お手並み拝見といくか」  クーゲルが視線を流すと、美術館の照明が全て落ちて真っ暗になったのが視認できた。  集まった群衆はざわめき、資産家と警備責任者が揉める様子が伺える。  クーゲルの普段笑わぬ口元が少しだけ笑みを形作り、灰が増えた煙草は指先で摘ままれて地面へ落とされる。  クーゲルは靴底で火を適当に揉み消し、バッグを拾い上げて背負うと静かに移動を開始した。

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