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研磨の場合
少し前からスマホを手に、じっと秒針が進むのを見つめている。
以前から追いかけているゲームの新作PVのプレミア公開を待っているのがひとつ。友だち……と自分では思っていたが、当時のチームメイトからはライバルと称され、幼馴染からは意味深な扱いを受ける相手へ電話をかけるタイミングを計っているのがひとつ。
前者はいつものことだが、後者については普段こちらから連絡を取ろうとすることはまずないので、いわゆる遊び心のドッキリのつもりだった。どんな反応をするか想像するだけで自然と口角が上がる。
日付が変わる10秒前になったのを確認して、アドレス帳から電話番号を呼び出す。登録した日のことを思い出し、少し鼓動が早くなったのを感じる。試合前のような不思議な高揚感に包まれながら心の中でカウントダウンして、いざ、通話ボタンを押そうと指を伸ばしーー
ピコン!
「え」
画面に躍り出る、相手からのメール受信通知。思わず声が漏れて、スマホ画面をタップし損ねてしまう。己に限って秒単位の調整をミスするはずがないと時計に視線を移した瞬間に日付が変わった。
「……ふふ。フライングだよ、翔陽」
完全に肩透かしを食らって、自然と詰めていた息を吐き出した。ついでにメールの内容も確認してから、返信の代わりに今度こそ電話をかける。コール音が鳴ったのはわずか数回。
『ハッピーバースデー!研磨!!』
「ふはっ、ちょっと……ん、ふふ…っ、どこからツッコんだらいいの」
『え?なんかツッコむようなところあった?』
「あは、っはー……まあいいや。ハッピーバースデー、翔陽」
『ふひっ、おめでとう!ありがとう!』
今日はお互いの真ん中バースデーらしい。翔陽がそういう知識をどこから得ているのか気になったが、教えられたからには祝いたかった。電話応答の定番である単語よりも速くメールの内容そのままをぶつけられ、ツボに入りかけたが何とか持ち直して、軽い告白のような甘さを含んだ声でお互いに今日を迎えられたことを喜び合う。幼馴染とさえこんなことはしたことがないのに、我ながら本当に不思議な関係だと改めて噛み締めた。
時間も時間なので軽く近況を伝える程度に留めるように努め、再会の約束を何度も何度も確かめることすら笑いそうになりながら、余韻の中で電話を切る。
自分でもよく笑った自覚もあり、心地よい充足感の中でベッドに身体を預けて目を瞑った。瞼の裏には翔陽の弾ける笑顔がはっきりと浮かんでいる。
「……なんか、独り占めしたいかも」
無意識のうちに呟いてから、ハッとして目を見開く。
その感情の正体を何となく追求してはいけないような気がして、PVが公開されている動画チャンネルに飛んだ。
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