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第1話
当たり前って何だろう?
私は幼い頃、丁寧な話し方をしなさいと言われて育った。
なので、自分の事をいつからか「私」と言う。
しかし、同性から「男なんだから『私』はおかしい」と言われた。
性別関係なく、「私」は丁寧な言い方になるのだから、おかしくはないだろう。
「橘くん」
後ろから名前を呼ばれた。
「はい」
振り向けば、大きな黒い瞳が印象的な同期の林くんがにっこり微笑んでいた。
「食堂行くの?俺も行くから一緒に行こうぜ」
「嬉しいです。是非」
私も林くんの笑顔に釣られて微笑んで答える。
同期は5人居るが、皆、部署が違う。その中で林くんと一番親しい。
瞳は黒いが、髪は少し茶色で、癖っ毛でふわふわしている。
前髪の一束が癖っ毛でなのか、寝癖でなのか分からないが、歩く度にピコピコ動いて愛らしい。
「何?楽しそうだな」
「あ、すみません。林くんの前髪が気になりまして……」
「あ!それ他の奴らにも言われた!これ、寝癖っぽいんだけど、水つけても直らなくて……。ピンで留めたらまた女の子みたいとか可愛いとか言われるだろうから、それは絶対やらないし!!」
「林くんは可愛いと言われるの嫌いですもんね。私は、別にピンで留めるのは女性だけとは思わないので、気にしませんが。濡らしてしばらくピンで留めておけば直ると思うので、昼休憩の間だけつけておくのはどうでしょう?」
「ふむ……。昼休憩の間だけなら良いか。実はピンは持ってるんだ。前髪伸びて邪魔になってたからさ。ちょっと髪濡らして来るわ!先に席取ってて!!」
「では、先に行ってますね」
林くんと別れて、先に食堂に行く。
食堂は少し混んでいたが、窓際の良い席が空いていたので、そこを確保する。
スマホでメールのチェックをしていると、林くんがやって来た。
髪を濡らし、前髪を少し多めに取って横に流し2本のピンをXの形に差し固定していた。
「お洒落ですね」
黒のシンプルなヘアピンだが、差し方を変えるだけでお洒落になっている。
「普通にピンで留めるより良いだろ」
得意げに林くんは言う。
林くんもその可愛らしい顔立ちから、喋り方にギャップがあると言われている。
そのせいか、私の喋り方を「全然変じゃない!橘くんのオットリした立ち居振る舞いには合っていると思うぞ!」と言ってくれている。
悩みまでは行かないが、お互い指摘される部分が同じだからか、見た目も性格も違うのに一緒に居て楽な存在となっている。
「お、林じゃん。前髪ピンで留めてんの?似合うな!可愛いじゃん。女の子みたいだけど」
近くに座っていた男性が林くんに気付いて声を掛けてきた。
「可愛い言わないで下さい!女じゃないですし!!」
敬語で返す所を見ると、林くんの先輩の様だ。
「おっと、禁句だったな。悪い、悪い」
全然悪いと思ってない口ぶりで謝る。
カタンと音を立てて、席を立つ。
「私はお洒落だと思いました。ピンは髪を留める物ですので、男性、女性関係なく使っても良い物でしょう」
運動は朝の軽いランニングくらいだが、骨太の家系と183cmの身長もあり、立ち上がるとかなり威圧的な効果がある事を知っている。
先輩だろうが、私はジロリとキツイ視線を送って意見した。
「あ、あぁ、そうだな。男もピンするよな!お洒落だわ!うん、可愛いじゃない、お洒落だ」
オドオドと言い方を変えて誤魔化し、まだ半分ほど残っていたが、慌ててトレーを持ち
「じゃあ、お先!」
と去って行ってしまった。
ヤレヤレと、座り直すと
「ありがと!スカッとした!!」
林くんがお礼を言ってきた。
「言った私もスカッとしましたね」
そう言うと、林くんはプッと吹き出した。
「俺、今日ずっとピン付けとくわ!髪切りに行くまで前髪邪魔だし、ピン使おうかな!なんか何言われても平気になった気がする」
「私の言葉が後押しになったなら良かったです。林くんはピン似合いますからね。可愛らしいですよ。あ……」
可愛いは嫌だと言っていたのに。自然と出てしまった言葉に慌てて口に手を当てる。
「大丈夫。橘くんの可愛いは『女の子みたい』の『可愛い』じゃないの知ってるから。皆の当たり前と俺たちの当たり前はちょっと違うよな!」
「そうですね。私の『可愛らしい』は素直に、林くんの雰囲気とか、愛らしい見た目に合っていると言う意味の物ですので、誤解が無くて良かったです」
「俺の見た目が愛らしい……」
呟いて、林くんはカァッと赤くなった。
その様子が色付く花の様で、目が離せなかった。
「何だろう、他の奴らだと揶揄われてると思って腹が立つけど、橘くんは、真面目に言ってるのが分かってるのと、俺の見た目を素直にそのまま言ってるんだと思うから、不快では全く無いんだけど……照れるよな」
まだ頬を紅潮させ、困った様な表情を浮かべて笑う。
普段しないピン留めのヘアスタイル。照れた顔。困った様な表情。いつもと違う林くんは、新鮮で目が離せない。
私の当たり前は、私は私。誰に何を言われても変える必要はない。常識に捉われず、見た事、感じた事を素直に受け入れる。なのだが……。
この感情は何だろう?
「ありがとな!素直に喜んでおくよ!!あ、うどんでいい?肉付けておくわ!ガツンと言ってくれたから俺が奢るわ」
へへッ!とまだ照れながら笑ってうどんを頼みに行った林くんの背中をジッと見つめながら、初めて抱く感情に戸惑っていた。
私の当たり前は、私は私。誰に何を言われても変える必要はない。常識に捉われず、見た事、感じた事を素直に受け入れる。
それは好きな物、好きな人にも当てはまる。男性、女性、性別関係なくーー。
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