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第50話 8章 運命への恐れ

「あお君、父さんたち、話があるって。書斎だよ」  離れのソファーで医学書を読んでいた蒼は、彰久に声掛けられ、二人で母屋へ向かった。  なんの話だろう? あき君は何か知っているのかな? 蒼には何の話か見当もつかない。  書斎に入った二人は、並んで座る高久と雪哉の正面に、揃って腰を下ろす。 「実はな、わたしは来年の三月で引退を考えている」  おもむろに切り出した高久の言葉に、蒼は驚愕する。 「えっ、そっ、そんな……まっ、まだ早いかと」 「そんなことはない。私も六十七、来年は六十八。十分引退の年だ」 「私も。一緒に引退を考えている」 「そっ、そんな母さんまで」 「今まで私なりに全力で頑張ってきた。そして、後継者たるお前たちも十分力を付けてきている。そろそろ引退して、楽させて欲しいと思ってね」  引退して、楽させて――そう謂われれば、反論は難しい。反対するなら、楽させないということになるから。  蒼は、衝撃と迷いに、彰久を見ると、深く頷かれた。あき君知っていたの――。動揺が収まらない。 「それでだな、次の院長職だが」  あっ、そうだ。むしろそれが重要な話だと思い、何とか動揺を抑え、高久の顔を見つめる。  しかし、高久の次の言葉は、蒼の想像をはるかに凌駕する。 「次の院長は、蒼、お前を考えている。いや、お前しかいない。蒼にやってもらいたい」 「えっ! そっ、それは、ちょっ、ちょっと待ってください! あっ、あき君が! 次の院長はあき君でないと」  蒼は、彰久を見て、その腕を掴む。 「彰久では若すぎる。院長を務められる経験も不足している」 「で、でも……院長は北畠家の世襲です。そして、僕はオメガです」 「お前も北畠家の一員だ。そして、オメガは関係ない。お前には院長を務められる、経験、そして力量もある。私の後継者はお前だ」 「蒼、私はね、オメガでもアルファに負けないようにやれる、やるんだと思ってここまできた。私が医師を目指した頃は、オメガの医師などいなかったんだよ。だから自分がパイオニアになろうと頑張ってきた。だがね、パイオニアは後に続く者がいないと、なれないんだよ。幸いお前が私の後に続いてくれた。お前の存在は私の喜びなんだよ」  雪哉の言葉に、蒼は胸が熱くなり、涙がこみ上げてくる。そうだ、自分はこの人に憧れ、ここまで付いてきた。 「彰久は我が子だから、当然可愛い。だが私はね、それと同じようにお前のことが可愛い。私の人生で、高久さんとの結婚と、彰久とお前の結婚が、最大の幸せだったと思う。自分の後継者と決めたお前が、我が子の番になってくれたんだ。これに勝る幸せはないよ」  蒼は、涙を溢れさせる。改めて雪哉の愛情の深さに、心が震えて嗚咽する。  そんな蒼を、彰久は肩を抱き込むようにして抱きしめる。 「オメガが副院長になるのも異例のことだったよ。だが、ここまで無事にやってこれたのは、皆の助けがあったからだ。勿論、高久さんの助けが一番ではあった。しかし、お前も本当によく助けてくれた。そして、後に続くお前の存在が励みになった」  雪哉は蒼の側により、彰久に抱かれた蒼の頭を優しく撫でる。そして続けた。 「蒼、お前には私の先をいって欲しいんだ。院長として……それが私の願いだ。夢でもある。私の夢を叶えてくれないか」  蒼は、彰久の腕の中、嗚咽し、涙が止まらない。 「あお君、僕からもお願いするよ。次の院長を引き受けて欲しい」 「でっ、でも……あっ、あき君……」  しゃくり上げて、声にならない。そんな蒼を、彰久は抱きしめ優しくその背を撫でる。雪哉も頭を撫で続ける。 「あお君なら、大丈夫だよ。立派な、そして優しい院長になれるよ。勿論、僕は全力で支えるよ」 「あっ、あき君……なお君は……」 「尚久も承知だよ。尚久も呼ぼう」  雪哉が、尚久を呼びに行く。

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