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第73話 11章 花が咲く前に

「そうだ、衣装は決めたの?」 「明日結惟さんも一緒に行ってくれるので、それで決まると思います」 「結惟ちゃんが一緒なら安心だ。うちでは結惟ちゃんがそういうの得意だから」 「はい、リクルートスーツも見立ててもらって、良かったので、今度もお願いしました」 「僕たちは当日の楽しみにするね」  蒼の微笑みに、尚希も微笑みながら頷いた。とても心が温かい。今、自分はとても幸せなんだと実感した。    衣装選びは結惟の先導であれよあれよと言う間に決まった。結惟もアルファであり、北畠家の人間なんだと、改めて尚希は実感した。決断が早く、的確なのだ。 「今日はありがとうございました」 「どういたしまして、私も楽しんだから。当日が楽しみね」 「あんまり期待されると……」 「期待するわよ! 可愛いらしい花婿さんだと思うわよ。ねえ、なお君」 「ああ、そうだな」 「あ、蒼先生はさぞきれいだったんでしょうね」 「確かにあお君は凄くきれいだったけど、尚希君も初々しくて可愛いと思うわよ」 「なんでもあお君と比べるのはやめなさい。お前はお前だろ」  そうだよね。どうしても比べてしまう自分を反省する。でも、やっぱり凄くきれいだったのか――と思ってしまう尚希だった。 「そうだ、旅行は国内にしたのね。いいわね、かえって日本の良さがあって。豪華列車とかだと、費用は海外旅行と変わらないくらいになるんじゃないの?」 「そうだな、結局兄さんたちの時と変わらない費用になった」    結惟が今日付き合ったのは、尚久に頼まれたのは勿論だが、自分の時の参考にとの思いもあった。結惟の結婚が決まっているからだ。  独身生活を謳歌していた結惟。最初は全くその気が無かったが、先方の熱心な求婚に陥落した。広い心を持った大人の男性は、結惟に相応しい相手だった。今では相手の深い愛に包まれた幸せを享受している。  北畠家の末っ子の婚約を皆喜んだ。甘えっ子だった結惟は、今では皆が頼りにする、とても大きな存在。このままいて欲しいのは本音だが、幸せを掴んで結婚するのは、この上なくめでたい。  しかし、高久は大きな衝撃を受けた。日頃は春久に対する愛情が目立つが、娘に対する愛は格別なのだった。 『どこの馬の骨とも分からん者に大事な結惟をやれるか!』と言いたいところだが、相手は学術界では有名な、由緒ある家系のアルファ男性。とてもそんなこと言えた相手ではない。 「結惟ちゃんの結婚はとてもおめでたいことだから、心から祝福するけど、お嫁に行っちゃうのは淋しいね。僕は結婚式の時、泣いてしまうかもしれない」  蒼がそう言うと春久も同意するのだった。 「僕も泣いちゃう。お姉さまがいなくなったら淋しいよ」 「そうだ、泣いてしまうよな。皆、号泣だ。結惟はそれでも嫁に行くのか」 「もうーっ、あなたいい加減にして! 淋しくて、泣いても送り出すのが愛情でしょう。結惟にとってこんないい話はないんだから」  雪哉に叱られて、高久はしゅんとする。やはりここ北畠家で雪哉に勝るものはいない。  斯くして結惟の結婚話は、高久の思いとは裏腹に、順調に進んでいる。高久は、来年の春にはウエディングドレスをきた結惟とバージンロードを歩くことになるのだが、その前に尚久と尚希の結婚式。  尚希とバージンロードを歩くのはやはり高久なのだ。その経緯はこうだった。 「父さん、尚希のバージンロードのエスコート、お願いできますか?」 「私は構わんが、私でいいのか?」 「ええ、亡くなったお母さんは一人子だったようですし、父方の親戚とは全く没交渉なんですよ」  その事情は、尚希の母が亡くった時に把握していたことを、高久も思い出した。つまり、バージンロードをエスコートする人間が尚希側にはいないのだ。 「そうだったな、それでは私が喜んで引き受けよう」 「蒼に続いて、尚希まで、あなた光栄ですね。そしてとりは結惟ですよ」  雪哉が言うと、それを言うんじゃないと、高久は若干むすっとする。  蒼の時は晴れ晴れしい気持ちだった。尚希の時もそうだろう。だが、結惟の時は――冷静に歩けるだろうか――いまから心配だ。

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