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第1話
「だいじょ~ぶ、ですから。リラックスしてください」
「……っあ、ぅ……や、あ、……っ」
なぜ、こうなった。
なぜ僕は今、年下の恋人に風呂場で陰毛を剃られそうになっているんだ。
「……じゃあ、いきますよ。先輩……♡」
ヘソのすぐ下に塗られたクリームの上からカミソリの刃が当たる。直接肌に当たっている感覚はないけれど、僕は大げさに身体を震わせてしまった。
こうなるなんて思ってもいなかった間抜けな僕の話を聞いてくれ。
あれは確か、昨日会社でお昼を食べていた時のこと――。
「今日はどこも混んでるな……」
いつもと分からない平日のはずなのに社内の休憩スペースはなぜか人が多く、僕は仕方なく窓際の席に座った。炎天下の中で食べるくらいならクーラーのきいてる室内でと思ったのだが、日光がこれだけ当たっているようじゃあ、あんまり外と変わらないかもしれない。
「うっそマジ!? 清潔感のない男ってほんと無理!」
「しー!! 声がデカいよ!」
「……?」
恋人が作ってくれたお弁当を開けて食べようとしていた時、隣の席からとても大きな声が聞こえ、思わず隣を見てしまった。すると隣に座る彼女らもまたこちらを見ていたようで、すみませ~ん、と頭を下げ話に戻っていく。
きっと異性間で何かあったのだろう。僕は気にせずご飯を食べ始めた。
それにしても清潔感、か。
恋人のハルキくんは、あまり大声では言えないけれど元々ゲイビデオに出演する男優さんをしていて、受け入れる側(ネコとか言うらしい)というのもあってか、普段から肌の手入れとか髪の毛をセットしたり、結構色んなことをしていたように感じる。
今は『先輩以外とセックスしたくない!』などとわがままを言い出して仕事を辞め、不定期で動画(もちろん僕が挿入れる側だけれど)を投稿することで収入を得ているらしい。一応付き合ってはいるものの、彼から直接「好きです」とか、「恋人になりたい」とか、そういった言葉を聞いていないので、なんかちょっと、複雑な気持ち。もしかしたら、恋人だと思っているのは僕だけなのかもしれない。
「……はぁ」
なんて、ね。
彼が仕事を辞めてもう二週間が経つのに、今もこうして思い出してはモヤモヤとしてしまう。よくないな。ほんと。同棲しましょって声をかけてくれたのは、他でもないハルキくんなのだから。きっと彼も、僕と同じ気持ちなんだって信じよう。
「え、てか下の毛も処理してないってこと……?」
「そっ、そこまでは見てないよ……っ。でも彼、毛が濃いんだって自分で話してたから、もしかしたら……そう、かも……」
「こっちは色々手入れしたりしてさ? 気にしてるってのに。男の人ってそういうとこあるよね」
「……っ!」
ご飯を食べようとして、危なく吹き出す所だった。
隣から聞こえて来た会話に思わず口元を抑える。下の毛の処理とか、昼間からどんな話してるんだ。というか、そういう話をするなら場所を考えてくれ……。
「そうだよね……」
「まぁ今回、お風呂から出てきた所を見ちゃったから知れたけど、もしこれからシますよ~って時に知っちゃたら萎えるよ絶対」
「ちょっと、ね……。無理かもってなっちゃう……」
…………待って。え? 嘘でしょ。今どきの子たちってそう思ってるの……? 確かにハルキくんは毛の処理ちゃんとしてて腕も脚も、下の毛だってほとんど生えてないけれど、でもそれって元ゲイビ男優だったから……じゃないのかな。普通の恋人同士でも、気にするものなの……? いや、女性で脱毛してる人が多いってのは、姉さんたちを見てきてたから分かるけれど、男性も脱毛する時代なの? しかも下まで……?
「…………」
聞こうと思ってなかったけれど、一度衝撃的な会話を聞いてしまったら意識はそっちに向いてしまうわけで。思わず下を向いてしまって、慌ててお弁当へと視線を戻す。
僕は生まれつき体毛が薄い方で、腕も脚もそこまで毛が目立つことはなかった。いつも姉さんたちに羨ましい、とか男のくせに、とか言われてきたっけ。
でも下の毛は、確かにそこまで濃くはないかもしれないけれど、生えてないわけではなくて、ちょっとだけ不安になってしまう。ハルキくんは若者だし、彼の出演作品を見ていた時も、攻める側の男優さんの体毛はそこまで気にならなかった。
どうしよう……。えっちする前はお風呂に入るとか、暑い日は汗をたくさんかいてしまうからやらないとか、一応気にかけている部分もあるけれど、それでも彼に誘われてしまえば我慢できないのが今の僕の現状で。
「…………帰ったら、相談してみよう、かな……」
恋愛初心者の僕にとって、彼に離れていかれるのは耐えられない。初めて好きになった人に、くだらないことで別れようとか言われるのは、きっと立ち直れないだろう。
そう思った僕は帰宅後、彼にバカ正直に相談してしまい、話は冒頭に戻る。
「あっ、ゃ……っ、こ、わい……」
「深呼吸しましょ。ほら吸って? 吐いて」
「っすー……は、ぁ……」
彼は上手ですね、と僕の目を見て褒めてくれた。けれどほっとしたのも束の間、ハルキくんはシェービングクリームを陰毛の上に少し足すと、再びカミソリを当てゆっくりと下へと動かしていく。
「……っ、ふ、ぁ……んん……っ」
ジョリ、ゾリ、と陰毛が剃られていく度、変な気分になるのを必死に抑えようと目を瞑って素数を考えることにした。
「は、ぁ……、あっ……んぅ……」
2、3、5、なな……じゅう、いち……っ
「ちょっと……剃ってるんだから大きくさせないでくださいよ」
「へぁっ、や……そ、なこといわれても……っ」
ちゃんと無理でした。
意識しないようにしていても、陰茎を触られてるし、凝視されてるし、というかまず恋人に下の毛の処理されるって状況自体がもう、恥ずかしすぎて変な気分になってしまう。意識すればするほどぴくん、と反応してしまい、ハルキくんの邪魔をする。
「あ……も~。やりにくいじゃないですかぁ」
「ふっ、ん……ぁ、も、むり……っ」
ハルキくんが毛を流すため桶に溜めたお湯へカミソリを入れる。その時に手を放された僕の陰茎は腹につくほど反り返っていた。
「もう少しで終わりますから」
「んっ……わ、分かった……。ご、めんね……」
「謝るくらいなら、終わった後ここでセックスしましょ」
それで許してあげます、と言うハルキくん。
過去に、声が響くからお風呂でえっちするのはイヤだと言って、途中で辞めたのをまだ根に持っていたのか……。
「え、ぇ……? ふ、ぁ……そ、れは……、ちょっと……」
「じゃあ許しません。でも毛は剃りたいのでこのまま続けますけど」
「そ、んな……あ、あっ、こすんな、で……っ、ハルキくんっ……」
再び毛を剃り始めたハルキくんは、添えていた方の手で勃起した僕の熱を上下に擦る。反射的に脚が震えてしまって、身体が動いてしまう。けれどハルキくんは剃る手を止めることなく、擦る手もまた止めない。なんとか手すりに摑まるも、刺激は更に強くなり吐く息が熱を帯びる。
「ん、っ……あ、あ、だめ、っ……ほんと、ね、ぇ……っ、は、ぅきく……っ」
「……っはは、かわい~……。もう出したい?」
「んっ、んぅっ……だしっ、出したい……っ、は、ぁあ……」
ハルキくんは、泡と僕のカウパーが混ざったものをぐしゅぐしゅと扱いていく。その度に腰がかくかくと揺れてしまい、はしたなくも反応してしまう僕の身体に嫌気がさした。
年下の恋人に陰毛を剃られ、勃起した熱を扱かれてだらしなく喘いでしまって。大人としてまったく余裕のない格好悪い姿を、見せてしまっている。
ハルキくんはえっちなことが好きだ。ビデオに出演していた時も、毎回相手の男性は大人っぽい、細身のしっかりとした人が多かった。僕が今、彼の恋人で居られるのはきっと、彼好みの身体つきをしているからだろう。
いつも心配ばかりで、すぐ泣いたりすることから、姉さんたちに「ヘタレやろう」って言われてきた。ドジするし、不器用だし。
僕が社長になれたのは、仕事ができるからで、逆を言えばそれしかできないのだ。作り笑顔で対応、遅くまで残業。仕事のスピードもトラブルの対応力も、プライベートの時間を削り頑張って身に付けたから今こうしていられる。
そんな人間の、どこに好きになれる要素があるというのか。
「あ、あっ……や、ほんっ……ほんと、でちゃ……っ」
「だめだよ」
「んぇっ……!? あ、なんっ、で……」
射精する寸前で、ハルキくんはあろうことは手を放してしまった。硬く反り返った僕の熱は、出したくてビクビクと痙攣している。シャワーを出しているわけじゃないのに、この空間がとても暑く感じるのは全身が興奮状態だからだろう。
手すりを掴んでいた手を放し、思わず震えている熱に触れようと動かしてしまう。けれど、突如目の前で行われたストリップショーに手が空中で止まってしまった。
「出すなら、こっち……♡」
スウェットを下着ごと脱いでその場に投げ捨て、お湯の溜まった桶を退かしたハルキくんはそのまま私の膝の上にまたがって熱を自分の後孔にあてがう。
「~~~~っ」
ドチュン、と一気に奥まで挿入れられ、声にならない悲鳴を上げてしまった。なんとかイスから落ちないよう手すりを掴むも、緩慢なハルキくんの動きに我慢できず、激しく下から突き上げるように腰を動かしてしまう。
「ははっ……おく、きもちーっすね。先輩っ」
「はっ、ぁ……きもちっ、いぃ……ぅあ、ダメ出る……っ、ごめ、ごめんっ」
「へ……ぁっ!? ま、まってまって……」
僕は限界で、イスから降りてハルキくんを床に寝かせた。そのまま奥まで一気に突き上げ、一度ギリギリまで抜いて、また奥まで、を数回繰り返す。
「ぇあ、ああぁ、せんぱ、こぇ、だめっ……」
ハルキくんは自分が優位じゃなくなると、途端にイヤイヤ首を振って泣き出す。これは今に始まったことじゃない。きっと慣れていない、ほとんど童貞だったような僕に主導権を握られイかされるのが悔しいのだろう。でも散々煽ってきて寸止めを食らわせてきたのはそっちだ。今更止まれるわけない。
今日だけは、いつものイかされっぱなしの僕とは違うのだ。
「はっ、は、ぁ……っ、はるきくん、あ、あっ、も、でっ……ぅ、でちゃっ……」
「あ、あ、だぇ……そこ、きもち、とこっ……ぐぃぐぃしちゃ……ぁっ、め……、おぇも、イ、ちゃ……っ」
片方の手で彼の頭を支え、もう片方の手で細い腰を掴む。ごちゅん、どちゅんと激しく腰を振るけれども、ちゃんと彼にも気持ちよくなってもらうよう、前立腺を擦るのを忘れない。
「あ、あ、だめだめだめ……で、ぅ……っぁ~~~~……」
「ふ、やぁああぁ……っ」
彼のめったに聞けないえっちな声は、僕の射精感を高めるのに十分すぎるほどの材料となり、呆気なく彼のナカに出してしまった。彼も僕の腕にしがみつき、勢いよく射精していたようで、お互い肩で呼吸をしながら、目が合うとどちらからともなくキスをした。
そういや今日は一回もキスしてなかったなとか、知らない間に毛の処理が終わっていたんだなとか色々思ったけれど、この余韻に浸っていたくて僕は彼の事を優しく抱きしめ、肩口に顔を埋める。
「……っ、ハルキくん……。すき、だよ……」
「……どうしたんですか、急に」
「格好悪い姿も、情けないところも……これから、たくさん見せるかもしれない、けれど……、でも、ぼくは……きみを手放すことができない、みたいだ」
小さく、でもハッキリと言葉を紡いでいく。
相手に柔らかい部分をさらけ出すって、怖い。それでも受け入れてくれると信じて、僕は話を続けた。
「……ハルキくんが、すきだから」
「…………? 話がよく、分からないんですけど……」
そう言って困惑の声を上げるハルキくんに、一度ナカの熱を抜いて彼をイスに座らせたのち、僕は浴槽の縁に腰かけて不安に思っていたことを全て話した。
こんなヘタレの人間を好きになれる要素が微塵もないと思うから、というのももちろんだけれど、彼から『好きだ』と一度も言われていないことに、不安を覚えたのも嘘ではない。
「……オレ、先輩としかセックスしたくないって言った気がするんですけど……」
「そ、れは……そうかもだけれど、でもそれって、僕がハルキくん好みの身体つきをしているからじゃ……」
「あ~~……ごめんオレが悪かったです」
「……?」
ハルキくんは気まずそうに頭をがしがしと掻き、渋々口を開いた。
ハルキくんの周りの人達には、いちいち「好き」だの「付き合ってほしい」だのと言葉にする人が少ないらしく、その場の雰囲気や流れで自然に恋人になることが多いらしかった。だから、僕としかえっちなことをしたくない、という言葉は彼なりの告白みたいなものだったのだとか。
確かに、好みの身体つきをしているというだけで仕事を辞めるなんて、とは思ったけれど、そういうことならば話は変わってくる。
「他の男優さんとシたくないと思うくらい、僕の事を好きになってくれた……って解釈でいいんだ、よね……?」
「……ん」
確認のため顔を見やると、彼は今までにないくらい顔を真っ赤に染めていて、思わず笑みが零れてしまった。
「……ふ、今のハルキくん、なんかかわいい」
「~~~~っ、こういうの慣れてないんで……こんな恥ずかしいもの、なんですね……」
もっと恥ずかしいことしてる気がするんだけど……。
でも、彼にとって『これ』が恥ずかしいと思うなら、ちょっといいことを知ったかもしれない。
歳の差二年と言えばそこまで離れていないように聞こえるけれど、二年という流れはここまで大きく差を生んでしまうもので。
「ハルキくん。好きだよ」
「……は、い……」
今はまだその言葉が聞けなくても。
「ふふっ……」
「っ、からかわないでください……」
彼の表情を見てしまえば、不安なんて吹き飛んでしまう。まるで魔法のようだ。
「これから毎日伝えていくから、覚悟していてね」
はい……という蚊の鳴くような小さな声に、僕は再び笑ったのであった。
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