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八話 私生活、充実中!
(午後から原口様と打ち合わせ、それが終わったら部内ミーティングか)
スケジュールを確認して、メールを作成する。キーボードを鳴らしながら作業していた清に、後ろの席の女子社員、畠中が声をかけて来た。
「なんか吉田、最近真面目じゃない?」
「んー? 俺っていつも真面目で出来る社員じゃん?」
「ふざけんなよ」
悪態を吐く彼女は、清のひとつ先輩である。この部署に配属されたときは、先輩社員として面倒を見てくれた間柄で、気安い存在だ。癖の強い髪がコンプレックスらしく、それに触れると睨まれる。
「合コンだなんだって、騒がないじゃん」
「あー……」
メールを打つ手を止め、曖昧に笑う。つい最近まで、清はつねに「彼女欲しい!」と叫んでいたし、「合コンセッティングしてよ~」と絡むことが多かった。それが最近なりを潜めているので、「何か変なものでも食べたのだろうか?」と思われているのだ。
(今は『ブラックバード』に通う方が優先度高いしな……)
清にとっての『彼女』というのは、非常に都合の良い存在だ。デートして、エッチして、という『楽しいこと』をしたいとは思っているが、結婚はまだ考えていない。恋愛はしたいがその先は考えられない。そんな気持ちを見透かされているのだろう。合コンをセッティングしても、まともに恋人が出来た試しがない。
そんなわけで、不誠実を絵にかいたような清だが、現在はホストクラブにドハマり中である。それどころか、ソープで美人局にあったせいで、今は女性よりも男と一緒にわいわい騒ぎたいような気持ちなのだ。『ブラックバード』に行けばカノは優しいし、清の相手をしてくれる。もちろん、職業的な意識でしていることだとは解っているが……。
(今はクラブ通いするのに、時間とお金が要るしな)
清の住む夕暮れ寮と萬葉町は物理的に離れているので、週末しか会いに行くことが出来ない。したがって、これまでダラダラ仕事をして週末に休日出勤を度々していた清だが、呑気に休日出勤など出来なくなった。平日頑張って仕事をして、休日はしっかり休む。そしてホストクラブに行く。これが、ここ最近確率し始めた清のルーティンだった。
(本当は平日も逢いたいけど――。逆に近くなくて、良かったのかな……)
萬葉町が近かったら、今の清なら毎日でも会いに行ってしまっただろう。この距離感が、清に冷静さを保たせているのかも知れない。
「あんたがそんなに真面目だと、調子狂うわね?」
「真面目にやってんのに」
真面目を責められるとは、心外である。清はそう言って、机の端に置いたスマートフォンに目を向けた。手に取って、ロック画面にしている写真を眺め見る。カノにお願いして取った。ツーショット写真だ。画面の中でカノは、挑発的な笑みで舌を出している。
(がんばれる)
ぎゅっとスマートフォンを抱きしめて、清は再び画面へと向かった。
◆ ◆ ◆
「今日はレストラン予約したからっ!」
鼻息荒くそう告げた清に、カノがふはと笑う。その表情が良くて、清はキュンと胸が疼いた。
「ふーん、期待して良いんだ?」
「任せてくれっ」
営業の鮎川にお願いして、都内でも評判の鉄板焼の店を予約したのだ。通常三ヶ月待ちらしいが、なんとかツテで取ってもらえた。肉は好きなようなので、きっと気に入ってくれるはず。
(カノくんに良いところ見せないと!)
今日は五回目の同伴デートである。すっかり、顔も覚えられたし、最初に入れたボトルも空になって二本目に突入。その間にシャンパンも二回入れた。太客言えるほどお金を落としていないが、常連にはなりつつあると思う。このまま順調に、優良客ボジションを目指したいところだ。
「予約まで時間あるから、百貨店でも見ていく?」
「だな」
繁華街をブラブラ歩く。こうしてデートするのもすっかりお馴染みになってしまった。それなのに、清はいまだに、いちいちカノの言動や表情に、どぎまぎしてしまう。
(今日も格好いいなあ……)
うっとりと横顔を眺めていると、カノが思い出したように「そういえば」と口にする。
「来週の水曜日、私服デーなんだよ。何着るかな」
「私服デー?」
「全員、私服で接客すんの。難しいんだよね」
「え……。聞いてないよ? 私服で接客してくれるの?」
思わず袖をつかむ清に、カノが首を捻る。
「んー。だって平日だし、清くん仕事でしょ?」
「ヤダヤダヤダ! 行く! 会社休んで行く!」
必死になる清に、カノがブハッと吹き出した。腹を抱えて笑い出すカノに、清はむぅと唇を曲げる。
「スゲー必死じゃん。私服って、今と変わんないよ?」
「ヤダァ。特別な日のカノくんに接客されたい!」
「そう言ってくれんのは嬉しいし、来てくれるのは助かるけどね。客呼ぶためのイベントだしさ」
「大丈夫! 有給余ってるし!」
実際、有給休暇は余っている。行使理由は問われないが、遊びに行くほど趣味がない。今の趣味はホストクラブ通いだが。
結果として、毎年最低ラインだけ行使して、余らせているのが現状だ。楽しく過ごせて、有給も使えるとなれば、最高以外の何ものでもない。
「じゃ、オレも気合い入れて準備するわ。待ってるね」
「うんっ」
ああ、笑顔が眩しい。この笑顔のためなら、課金できる。そう想いながら、勢い余って掴んでいた腕に、今さら気づく。
「あ、ゴメン」
「アハ。皺んなるって。良いけど」
「ゴメンて」
謝りながら、少しだけ残念な気分になる。女の子なら、腕にしがみついてデート出来るのに。自分がカノにしがみついていたら、やっぱり変だ。
(……)
自分の手を見て、なんとなくグー、パーと開いて閉じてを繰り返す。そうやってしばらく、自分の掌を見つめていた。
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