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第20話 自覚 2
『恋』の定義とは
特定の相手の価値を高く感じて、精神や肉体に接触したい心理を指す。
加えて一緒にいると高揚感を憶えるなどといった状態にある。
男性は「自分が特別」という状態に弱い特徴があり、好意を持つメカニズムに直結しているらしい。
(…まさか、ここまで当てはまるとは)
大学で学んだ心理学を列挙してみたが見事なまでに一致している。
講義を受けていた当時は他人事のように聞いていたが、先人の教えは案外侮れないものであった。
患者、高校生、そして性別は男
あまりにも前途多難、いや最早八方塞がりと言った方が良いだろうか。
「神崎も泊まりか?」
クリアファイルの束を抱えて事務室に現れたのは同僚の森塚だ。俺がこの病院に勤務し始めた頃から同じ場所で仕事をすることが多く、月末には飲みに行くぐらいの仲である。
「雪で電車が遅延してる。無理に乗ってまで帰る気になれなくてな。」
東京では稀に起こる積雪。
電車の運休、遅延情報がネットニュースに次々と更新される。
新潟じゃ吹雪でも走っているというのに。政治家にお願いするなら、都会の公共交通機関の耐久性をもう少し上げてくれないかと頼みたい。
最寄駅は帰宅ラッシュの人でごった返しているだろう。
寒い中、バスやタクシーを待つ行列に並ぶぐらいならと今日はここで夜を明かすことにした。
ふと外に目をやると敷地内の街灯が純白の道を照らしているのが映る。
東京じゃ珍しい景色に子供達のはしゃぐ様子が浮かんだ。
(あいつは、どうだろうな)
「人手不足何とかならねえの。」
パソコンのキーボードを叩きながら森塚が愚痴をこぼす。
ここに限らず医療現場は常に人員が足りていない。俺が凪を担当することになり、結果として森塚や他の先輩の業務が増えてしまったという訳だ。
「書類は俺がやっとくから、記録終わらせろよ。」
「サンキュー。優秀な同僚がいてマジで助かる。」
以前よりも仕事に対するモチベーションが上がったせいか、記録等の作業スピードが速くなった気がする。
書類に目を通し、必要があれば印鑑を押す。規則正しい音で稼働するコピー機からは大量の紙が印刷されては受け取り口に落ちていった。
「神崎、良いことでもあったか?」
「担当してる患者なんだけど、笑ってくれるようになって。…それが、自然とやる気になってるって感じ。」
森塚は「例の凪くん、だっけ?仲良いって評判だしな。」と言った。
周りからそう見えているのなら一安心だ。幸い、まだ本心には気づかれていない。
捌き終えた書類をクリップでまとめ、指定のボックスへ入れる。
時刻は午後9時半、ちょうど消灯時間になり時機に見回りが来るだろう。
「お疲れ。」
「またな。」
仮眠室の隣にはシャワー室が併設されているので、荷物を置いてからシャワーブースへと移動する。
タオルで水分を拭いながらベットに腰を下ろした。
もし本心に気づかれ、噂にでもなれば凪に迷惑をかけることになる。
それは俺自身が最も望まないこと。
自分の感情が持つべきものではないと解っていても、簡単には諦められない。心理を学んできたからこそ俺自身が一番理解しているつもりだ。
だが、この日の俺はまだ知らない。
淡い望みが思わぬ形で叶うということに。
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