全身、真夏の照り返す太陽でジリジリ焼かれるみたいに熱い。 　ぼくの身体は、やかんにでもなってしまったのだろうか？　白い煙が毛穴という毛穴から出てくる。 　心臓がバクバク脈打つ。持久走で走っているときみたいに息が苦しくて、思わずキュウキュウ鳴(・)い(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)。 　もちろん、そんなことをすれば、ポメラニアンである茶(ちゃ)々(ちゃ)丸(まる)の主人・隼(はや)人(と)が心配するわけで……。 　動物病院の医師に電話を掛けていた隼人がスマホをタップし、戻ってくる。 　ぼくの目の前でしゃがみ込み、そっとやさしい手つきで背中を撫でてくれる。 「大丈夫か、茶々丸……」 　身体が熱くて、苦しくて、つらい。でも、隼人のドアップ顔を見られるのは、この先、一生ないんじゃないかな？　なんて、のんきなことを思ってしまう。 　だって普段なら意地悪そうにつり上がっている柳眉が、下がり眉になっている。そんな顔、一度も見たことがない。レア中のレアだ。こんな顔、撮っておかないなんて、もったいない。 　つい人間(ヒト)のときのようにスマホを求めて手を伸ばしてしまう。茶色い毛で覆われ、毛むくじゃらの手を隼人が、そっと握ってくれる。 「茶茶丸、しっかりしろよ。今、病院に連れてく準備をするから、ちょっと待っててな」 　ぼくの手を放すと隼人は「何があればいいかな？　とりあえずリードとお散歩用のカバンと……」なんて言って、ぼくを動物病院に連れていく準備を着々と始めている。 　どうしよう、このまま病院に連れていかれたら、去勢手術をされちゃうよ！　でも、今、戻ったりしたらバレちゃう……そうしたら茶々丸が嫌われちゃうよ!? 　いっぱい考えなきゃいけないことがあるのに、頭の中がこんがらがって、グルグルする。何もわかんない……。 　それなのに、どんどん胸がドキドキして鼓動が速くなっていく。隼人にときめくのが止められない。 「隼人……」と彼の名前を呼ぶ。けど、声は翻訳機にかけてるみたいに、キューンという鳴き声になって出る。 「大丈夫。ずっとそばにいるから」 　それは、ぼくに掛けられた言葉じゃない。ポメラニアンである茶々丸に掛けられた言葉だ。だけど、うれしいと思ってしまう。 　とうとうぼくの心は限界値を突破して爆発してしまう。 　ポンッ!　とシャンメリーのコルクを抜いたときのようなかわいらしい音とともに、全身が白い煙で包まれてしまう。 「うわあっ!?」と隼人が驚嘆する。 　――おとぎ話では箱を開けて白い煙に包まれた登場人物が、おじいさんになる。でも、ぼくの場合は――。 「茶々丸!?　って……うそ、だろ……」 　茶々丸が使っていたタオルケットの上に、全裸の男がいて隼人はひどく狼(ろう)狽(ばい)していた。 　とうぜんだ。だって、同じ高校に通う犬猿の仲である男が、全裸で自分の部屋にあらわれたんだから。しかもマジックでも行ったみたいに、ポメラニアンとすり替わった。驚かないほうが、おかしいだろう。 　ぼくは茶々丸が使っていたタオルで局部を隠し、なんとか弁明しようとする。 「は、隼人……これは……その……」 　このまま「変態野郎」と罵(ののし)られ、警察に突き出されてしまうのだろうか。こんなことで、ひとり息子が前科者だなんて、父さんも、母さんも泣くに決まってる。 　そもそも、ぼ(・)く(・)た(・)ち(・)の正体がバレたら一大事なのに……！ 「わっ、渉(わたる)!?　……おれの部屋で何して……！　ていうか、茶茶丸は……？」 「えっと、茶々丸は……」 「何……おまえ、犬に変身できるわけ……？」 　さあっと全身から血の気が引く。 　神様、仏様、ご先祖様――この危機的状況をどうにかして、切り抜けさせてください！