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第6話

 雪の格好は、蘇芳色の着物と、白い羽織もの。  そこに『すとおる』と言うものを、高く結いあげた頭からすっぽり被り、襟元で巻いて口元を隠し、髪の色や目の色肌の白さも隠すようにしていた。 「夜ならいいんだけど、昼間は私目立っちゃうからね。冬は隠せるから楽」  雪の格好は、その容貌が目立つと言うのもあるが、色素が薄い分紫外線の影響を受けやすく、頼政から根治不良の病になるからと陽の光をできる限り避けて、肌の露出を控えるように言われていることもあったのだ。  いささか着膨れして見えなくもないが、その間から微笑む顔は可愛かったので、馨は 「似合ってる」  と伝えたが、自分もなんとか体裁を整えさせられた。  狐色の着物と茶色の袴を借りて、膝までの長さの羽織を羽織った。 「まだ体ができてないから、とっちゃん坊やみたいだね。でも背が高いから、まあ、それなりに見えるけど。5尺6寸(168cm)くらいあるよね」  雪の持ち物を何枚も着せ替えされ、やっとーこれがいいねーと一推しの着物が選出されて上記のその格好で出かけることになったわりには、口さがない言葉を浴びせられた。  まずは散髪。  ボッサボサだった髪を切りそろえ、学生ではないからきっちりとしなくていいと言う雪の指示で、毛先の踊らない程度の長さを保ち、前髪とサイドは手で後ろに撫で付けるような髪型が出来上がった。  ふわふわとして年齢に相応しい。 「とっちゃん坊やがちょっとマシになったよー」  とニコニコ笑って言われると、絶対に嫌味じゃないんだろうけどさ…と切ない気持ちになってくる。  でもまあ、そう見えないならいいか…と思いながらも隣で短い髪でスッキリと袴を着こなしている藤代をみて、心でため息をついた。 「学生なら制服で全て済むんだろうけどね。学力が追いついてないと学校にも行けないから、がんばろうね、(かおる)くん」  歩きながらため息をついたり、ちょっと元気になったりを繰り返している薫を面白く見ながら、雪は次の店に向かう。 「着るものって言ってもね…今みたいな格好か洋装かってことになるけど…んーどっちも拵えよう」  まずは呉服屋さん。年齢なりの色と今風のデザインを店の人と相談して、流行りのくるぶし辺りまでの丈の短い袴2.3と、山吹色などの明るい色の着物、少し落ち着いた色の着物数点を注文した。  編み上げのブーツも紹介してもらって、2足取り寄せてもらうことになり、ついでに、普段着る着物も数点買ってこれは手持ちで持ち帰ることとなった。あとはお届けだ。  馨は恐縮するしかないが、人と買い物に来るのがこんなに楽しいとは知らなかったと、雪がウキウキする気持ちが解った気がした。  次は洋装店。 洋装のお店に行ってみたが、12歳の割には5尺6寸の身長は少し大きめだった。  子供用の服となると徹底的に子供用で、白いシャツに吊りのついた半ズボン…一般的には10歳以下の子が着るような格好で、一応来てみたが、藤代まで笑いを堪える感じな仕上がりに自ら遠慮申し上げた。  大人が着るような服もまだ体に合わないし、テーラーで作り上げるのもまだ早いね、という事で今日は和装だけにしておいた。 「そんなに笑わなくても」  顔を赤くして藤代を睨む馨だったが、藤代も 「いや、すみません。あまりにちょっと…」  と思い出し笑いするので、くっそーと毒づきながら、やっぱり笑っている雪と肩を並べて歩き出す。 「さてーやっとこの時間が来た!カフェにいこ!」    呉服屋と洋服屋で少し時間を取り過ぎてしまい、時間はすでに2時になろうとしていた。  馨にしてみたら、カフェなどは銀座を掏摸(しごと)で流しているときに横目でしかみたことのない場所だ。  今日の目的はそこだと言わんばかりに足取りも軽く、雪は進んでゆく。  荷物を持った藤代もそれに続き、馨も置いて行かれないように追いかけた。  目の前に置かれた食べ物は、全部見たことがなかった。  黄金色の塊にキャベツとかにんじんがあつらえてあったり、茶色い色の液体がご飯にかけてあったり、パンに野菜が挟んであったりと、お目にかかったことのないものばかり。他にも皿はある。 「どうせなら一度に味見しようと思って」  と言うが、全部食べ切れる自信の持てない量だ。 「藤代さんがたくさん食べてくれるから安心して頼めるよ」  全幅の信頼を置いた目で藤代に笑いかけ、藤代は任せてくださいと胸を叩く。 ーええ〜?ーと馨は疑うが、とりあえず目の前の黄金色の塊に、手元にあったナイフとフォークで切り込みを入れてみる。  中は中心がほんのり赤いままだがサクッとナイフが入り、切り落として口に入れてみると、柔らかいが衣のサクサクとした感触が心地よく、噛めば噛むほど旨味が溢れてくる。  不思議な顔をして咀嚼する薫を横からみていた雪は 「どう?美味しい?」  とちょっと心配そうに聞いてくるが、 「んまい…これなに?」  しっかり飲み込んで聞いてくる馨に、よかったと微笑んで、 「それはカツレツだよ。ビーフカツレツ。牛の肉なんだ。私も少し食べたい」  馨は雪に皿ごと渡してやり、今度は雪の前にあった茶色い液体のかかったご飯を前にした。鼻をくすぐる食欲の湧く香り。 「それはハヤシライスね。藤代さんが食べてるのはパンの方がサンドウィッチで、ご飯はチキンライス。けちゃっぷっていう調味料で作られてるんだ。赤いよね」  ハヤシライスと言われたものを、一口匙で口に入れるとご飯と合って鼻に抜ける香りもまた格別。(料理小説…?)  ともかく何を食べても美味しくて、絶対無理だと思っていたが割と早めに全て3人で食べてしまった。  食後に出てきたのは、山みたいに立っていてプルプルするものが盛られた器が各々1個づつ。 「これは分けて食べたくないから1人一個ずつね」  雪はもう堪りませんと言った顔で、その山のようなものに匙を入れ口に運んだ 「ん〜〜これこれ!おいしい」  プリンは大好物だよーと喜び勇んで食べている雪に真似て…とおもったら藤代までとても嬉しそうにプリンを食べている。 「藤代さんね、これが大っ好きで1人の時間あるとここでこれ、食べにきてるんだよ」  私は知ってるよ 的な得意そうな顔で藤代をみると 「雪さん勘弁してください」  とでかい体の頬を赤らめて恥ずかしがる。  藤代は、頼政の研究室の門下生及び屋敷の小間使いとして従事していて、そのため他の門下生と違い勉強をさせてもらいながら給金を頂いている身だった。  大きな体を買われて、主に雪の外出時のボディーガードのようなことも担っている。雪はその容貌から、今までに中傷等を受けることも少なくなかったから。 「そんなにか…」  と馨もやっとプリンを口にするが、舌触りといい甘さといいもうこれ好き!としか言いようがなく、ペロリと一個平らげると、今度藤代が来るときには自分も誘ってほしいと内心考えていた。

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